続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

里帰り

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帰国

3週間の里帰りを終えて昨日の夕方イギリスに着いた。
飛行機がイギリス上空に来ると緑に覆われた地面が見える。
珍しく天気が良い。
こんなにきれいに景色が見渡せるのは何年ぶりだろうと思った。
しかしマンチェスター上空に来るといつものような厚い雲ではないが
雲がところどころにあり快晴とは言えなかった。
それでも16度と暖かい。
迎えに来た夫は私が里帰りしていた間で一番いい天気だと言っていた。
しかし天気は続かず今朝起きてみると雨だった。

忙しい3週間だった。
短い間ではあったが友達の助けを借りながら
やれるだけの事はやってきた。

昨日はがんばって10時まで寝ずに起きていた。
今朝は4時前に目が覚めてしまったが
我慢して5時まではベッドの中にいた。
今日は一日中時差ぼけで眠い。
明日から仕事に戻るので今週はちょっと辛いが
イギリスに生活に戻っていく。

里帰り2014-4

イギリスはいまだに夏らしい。
あとどのくらい続くのだろうか。

日本から戻ってきて1ヶ月となってしまった。
薄れつつある記憶を呼び戻して。

今年の6月の北海道は記録に残るほどの長雨が続いた。
私がいた間2週間連続雨。
イギリスの天候のようでさすがに嫌気がさしてしまった。
ようやく雨が終わる頃恒例で大学時代の友達と4人で集まった。
私ともう1人の友達は早い時間から行けたので
これも恒例大通公園でまず一杯。

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エビスの見たことが無い缶があったので。
乾杯!

毎年タイレストランへ行くのだが今年はお休みとぶつかってしまって
札幌駅周辺にお店を変えた。
久しぶりに来る札幌駅周辺はどんどん変わっていて驚かされた。
この日も話しに花が咲きお酒も進んで
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

この日は私が滞在中一番暑い日で29度くらいあったと思う。
以前北の旅烏さんが紹介していた北広島農産物直売所へ行った。

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ここで母と選んだ桃がとても美味しかった。
皮がつるっとむけて果肉がとても甘くみずみずしい。
何年ぶりだろうこんな美味しい桃を食べたのは。
数日前に母がデイケアーに時々やってくる移動のお店で
さくらんぼを買ってきた。
このさくらんぼもとても美味しく母と今年は果物が美味しいねと
その美味しさを味わった。

母のデイケアーなどの予定のない日は妹のお墓参り行った。
また今年初めに亡くなった伯母の家族を訪ねた。
伯父さんがとても喜んでくれ、隣に住んでいる私と同い年の従姉妹も
顔を出してくれた。
伯父さんは寡黙なイメージがあったのだがとてもよく話してくれた。
伯父さんの家を出てから母と伯父さんってあんなにしゃべる人だったかなと話していたが
亡くなった伯母が良くしゃべる人だったのでしゃべる必要が無かったのかもしれない。

帰国が迫った頃他の叔父叔母を訪ねた。
私が小さい頃から可愛がってもらって一人でお泊りもしたそうだ。
私は微かな記憶しかないのだが50歳を過ぎてもなお可愛がってくださる。
叔父さん叔母さんには3人の息子さんがいるのだが女の子には恵まれなかった。
お昼にお寿司をご馳走になり、叔母さんがこれ叔父さんからと
お小遣いまで渡されてしまった。
こんなにしてもらったらどうしたらいいかわからないと言うと
だって可愛いんだものと言われてそれ以上言葉が出なかった。
叔父さん叔母さんの気持ちに思わず胸が熱くなった。

母が夏用の帽子を欲しがっていたがなかなかいいものが見つからなかった。
そこで私の帽子があるのを思い出した。
母に見せると一目で気に入ってしまったので私からのお下がり。
私が作った他のブローチを付けて。

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楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
母と私はお互いに私の帰る日については話題にしなかった。
年々両親を置いてイギリスに戻るのが辛くなってくる。
お互い涙を見せずに別れるのだが
これがなかなか辛くなってきた。
これも仕方ないのだ。
また来年元気で会えることを祈るのみ。

里帰り2014-3

ここ数年の夢は串鳥の焼き鳥を食べること。
夫と里帰りしていた頃は朝から競馬場に行き
その帰りに串鳥に寄ってくるのが私たちのイベントになっていた。
しかしここ数年私一人の里帰りになってしまって機会を失ってしまった。
今年は私のたっての願いを聞いてくれた友達と串鳥を訪ねた。

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もうこの赤いちょうちんが見えただけで顔がほころんでしまった。
もう7年も来ていないので生と黒生を使ったハーフ&ハーフがあるか尋ねると
ありますよと嬉しい返事。
ジョッキは細くなったが値段は変わっていないので仕方ない。
大好きなのは鳥ハツ。それも健在。
少し小さくなったなと思ったら鳥ハツとハツ元いう2つのメニューができていた。

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一串一串に感動しながら友達と話は尽きない。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

2週目は父に面会に行った。
父が入居する老人健康施設は母がデイケアーに行っている施設と同じなので
まずデイケアーセンターを訪ねた。
スタッフの方が見学をさせてくれた。
母が自分の塗り絵が張ってあるのを見せてくれた。
ピーターラビットの塗り絵だった。

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我が母ながら細かい塗り絵にただ脱帽。
デイケアーの時間だけでなく、自宅に帰ってからもしていたようだ。
母は2月くらいから神経がおかしくなったようで
軽い震えと歯が当たって音をたてるようになり
それを抑える薬が処方されて塗り絵のような細かい作業は
やる気がしなくなってしまった。
それでも今は粘土のお花や刺し子を楽しんでいる。

その後母と父を見舞ったが父は母とは違う一年を過ごしていたようで
手を使うのもさらに不器用になり足腰がかなり弱っていた。
歩行は手を引いてもらわないと歩けず、転ぶと大変なので
車椅子での移動が多くなったそうだ。
父は自分に甘く楽なほうへ流れるタイプ。
母はその正反対で自分に厳しく何事にも前向き。
私はその違いを目の当たりにして複雑な気持ちだった。
後日一人で父を見舞ったときに103歳のおばあちゃんを紹介された。
何でも父が食事をするのを見ていてなかなか手が思うように
食べ物を口まで運べないのでそのおばあちゃんが
父の食事を手伝ってくれているそうだ。
津軽訛りでその模様を説明してくれるおばあちゃん。
私との会話は成立しないがお礼を言った。

去年父を入居させた事は正解だったと思う。
あの状態の父を母が世話する事は無理だ。
父も母に叱られることなく周りの女性に世話をしてもらって
父の表情は穏やかに見えた。

里帰り2014-2

今週はいいお天気。
20度もあれば夏だ。
夫は昨日と今日釣り三昧。
おかげで真っ黒。

里帰り4日目は友達が家に呼んでくれた。
3人で1年近いブランクも感じず話題に事欠かない。
友達がピザ生地にご飯を混ぜてモチモチ感のあるピザを作ってくれた。

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とても美味しかった。
今年から幼稚園に通いだした息子君はカメラを向けると
恥ずかしいようで顔を隠されてしまった。
去年は私の家に行くと車に乗り込んで困った私は
町内を一周してまた家に戻って気持ちをはぐらかした。
しかし今年は明らかに態度が違う。
一年一年子供は成長するのね。

母は週2回のデイケアー、週3回のヘルパーさん訪問、
週1回の訪問看護師さんと忙しい。
空いている日は月曜日と日曜日だけなので
その日を使って登別の温泉へ一泊した。
温泉に行くのは私がイギリスへ来る年に妹と3人が最後だった。
途中友達が教えてくれたぷらっとみなと市場でお昼にした。

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豪華海鮮丼。

温泉に着くと抹茶でもてなしてくれた。

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温泉は粘土質のぬるめのだった。
熱いのが苦手な母と私にとってとても良かった。
食事は上げ膳据え膳。

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母にはちょっと物足りなかったようだが
日本食に飢えていた私にはどれも美味しかった。

翌日帰途途中に道の駅花ロードえにわに寄って
母の大好きなソフトクリームを食べた。
里帰り最初の2週間はほとんど雨だったが
この日はそれほど悪い天気ではなかった。

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ここでスナップ写真。
やっと渡せたブローチをつけちょっとはにかんだ母。

里帰り2014-1

帰国後一日だけ休んですぐ仕事だった。
時差ぼけだったので朝5時半からのシフトはかえってよかった。
それでも仕事から戻ると使いものにならず
夕食は夫が作ってくれた。
昨日から2連休でやっと一息ついた感じだ。

今年も里帰りにはフィンランド航空を使った。
値段と乗り継ぎ時間が短いのが魅力だった。
しかし機内食はあまり美味しいとは言えず去年頼んだ
フィンランド産のビールは不味かった。
ところが今年は違った。
日本航空との共同運航となり飛行機はフィンエアーでも
フライトアテンデント、パイロットは全て日本航空。
ビールを頼むときに何がありますかと訪ねると
キリン、アサヒ、サッポロと日本の銘柄ばかり、
恵比寿と言われたときには恵比寿と即答した。
あまりの嬉しさに声がうわずっていたかもしれない。
機内食も美味しくてやはり日本の飛行機会社は凄いと
一人で感心していた。

今年も大学時代の友達が千歳空港に迎えに来てくれた。
1年近いブランクも感じず、まるでつい最近会っていたような感覚だ。
車も友達から貸していただいて本当に助かった。

毎年空港内の温泉に一泊してから実家に向かうのだが
今年はすぐに実家に向かった。
成田から母には電話をして自宅に着くのは4時か5時頃になると言ったのだが
母は待ちくたびれていたようだ。
母は私の帰りを凄く楽しみにしていたようで興奮しすぎたのか
この日の夕食に取ったお寿司は具合が悪くなって食べられなくなってしまった。

翌月曜日には母の体調も戻り母の希望でお買い物。
この日私は時差ぼけでフラフラだった。
それでも花畑を耕し、虫歯が痛んでいたので
毎年お世話になる歯医者さんを訪ねた。

火曜日は母とクレイフラワーの体験レッスンに行った。
母は私が里帰りで帰ったときに粘土を教えて欲しいと言っていた。
しかし私の粘土は自己流でまたオーブンで焼くものなので
それは無理なので自然乾燥の粘土でできるものはないかと探していた時に
札幌平岡で教室を開かれているアリアンナさんを発見。

母は日曜、月曜で早くも疲れたのか見学だけでいいと言っていたのに
教室に着いてアリアンナさんから説明を受けているともう母の目は変わっていた。
親切丁寧に教えてくださるアリアンナさん。
とても褒めてくださったので母は楽しそうにバラを作っていた。
手の平と指を使って花びらを一つずつ作って花を組み立てていく。
2時間ほどの時間はあっという間に過ぎ、本当に楽しかった。
写真は出来上がった作品。
ピンクとブルーが母のバラ。
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この後同じような粘土を購入し母との時間を見つけては2人でバラを作った。IMGP5010 - Copy

ある日母が亡くなった妹が母の日に贈った10年以上も前の
プリザーブドフラワーの飾り物を見せ、古くなったバラを
この粘土で作ったバラに置き換えられるかなと言ったので早速やってみた。
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見事に生まれ変わった。

このクレイフラワーはとても軽く色も綺麗で私も母も気に入ってしまった。
母は一人で続けるのは無理なのだがデイケアーで続けられることになった。

最後にアリアンナさま
大変お世話になりました。
母は本当に楽しそうでアリアンナさんを訪ねてよかったです。
ありがとうございました。

個人連絡
菅田さま、メールありがとうございました。
気に入っていただけて嬉しいです。
メールが返信できないのでここで。

続里帰り2013-4

毎年里帰りする食べたい物がある。
お寿司、お刺身以外にも楽しみにしている物。
しゃぶしゃぶ、うなぎのひつまぶし、
母の味付けの切り干し大根、レンコンのキンピラ。
そしてゴーヤチャンプル。
これは私が作る。

今年のゴーヤチャンプルは会心の出来。
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玉子の固まり具合といい、味といい自画自賛。
やっぱり日本の薄切りバラ肉でないとこうはいかない。

この日、この夕飯がそろそろ食べ終わる頃にインターフォンが鳴った。
エプロン姿に鉢巻のお向かいのご主人だった。
この日町内会の班長だったお向いさんは町内の夏祭りの運営をしていて
屋台も担当していたそうでおでんが美味しそうなのでと
差し入れしてくださった。
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昔の懐かしい味噌おでん。
もうお腹はいっぱいだったのだがあまりにも美味しそうで
母とどうしようかと言いながら食べちゃおうと頂いた。
美味しかった。
温かいのを食べさせたいと言うご主人の気持ちが嬉しかった。

ご近所さんと言えば裏のおじさんにもまたお世話になった。
前回の里帰りで母の事情を知ったおじさんが
前回私に「お母さん怪我しちゃったんならもう庭仕事も大変だろうから
草むしりとかしてもいいかい」と聞かれた。
以前から母の手に負えないものがあるとおじさんに助けてもらっていたので
よろしくお願いしますと言っていた。
今回は里帰りする前からかなり北海道は暑く雨も少ないと聞いていたので
私が6月に植えていったマリーゴールドやベゴニアは
枯れているのではないかと心配していた。
しかし実家に到着した日、花たちは無事だった。
実家に入って庭を見てみるとなんだかすっきりしている。
よく見ると木の枝はきれいに剪定されていて
雑草はきれいに抜かれていた。
おじさんは2日にいっぺんは自分の庭の手入れの延長で
実家の手入れもしてくれていた。

ある日おじさんがちょっと話があるとやってきた。
実家の灯油タンクが家の反対側に少し傾いている。
この先地震でもあって倒れたら大変だから
足元にブロックを入れてしっかりさせたいので
母への説明と許可がほしいと言う。
そんなありがたい話はなけれど大丈夫かとたずねると
油圧ジャッキもあるし大丈夫と言う。
私がいる間にやるのであれば手伝うと言うと
いやまだ暑いからもっと先にするといってた。
ところがその2日後には立派なブロックが入っていた。
うらのおばさんはお父さんは好きでやっているから気にしないでと言う。
今でも2日に1回は実家の庭の手入れをしながら
母の様子も見ていてくれるようだ。

私がイギリスに帰る前日夫に食べさせてやれと
おじさんの畑で取れた野菜を持ってきてくれた。
残念ながら野菜は持って行けないので
気持ちだけありがたく頂いた。

こんなご近所さんに恵まれ安心して帰途に着くことができた。

続里帰り2013-3

母の世話だけではなく私も楽しませてもらった。

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友達が連れて行ってくれた日本茶カフェ。
それぞれのお茶に適した温度のお湯でお茶を入れてくれる。
蒸らしの時間も砂時計で計ってくれて
最後には出がらしの茶葉をお薬味で食べさせてくれた。
お茶を最後まで堪能できて楽しいひと時だった。

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ずっと食べたかったマカロン。
美味しいところを友達の教えてもらった。
母と好きなのを選びながら食べた。
美味しかった。

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今回の里帰りの一番の目的は退院する母を家に迎えることだったが
帰る日にちを決めたときに真っ先に頭に浮かんだのが
大通公園のビヤガーデン。
毎年今頃ビヤガーデンだなとはるか遠くから想いを馳せていたが
今年は行けるかも!
友達と行けたビヤガーデン。
イギリスに行ってからずっと憧れてた。
暑い中外で飲むビールはやっぱり美味しい。
騒々しい中大声でしゃべっていたせいか
帰る頃には声が涸れてしまった。
私に付き合ってくれた友達、ありがとうございました。

続里帰り2013-2

母が家に戻った日疲れて昼寝でもするかなと思っていたが
嬉しさと興奮で夜になってもなかなか寝付けなかったようだ。
そして3日間くらいは母のおしゃべりが止まらなかった。
話したいことが山ほどあったようだ。
実家は母の帰宅に合わせて玄関、廊下など
必要な場所に手すりをつけておいた。
母は出かけるときは杖を使い、自宅では杖無しで
伝い歩きをしながら生活することにした。
最初の2,3日は家の中での移動はぎこちなかったが
あっという間に勘を取り戻しスムーズになった。

骨折と持病以外は母は健康そのものだった。
毎日が楽しくて仕方ないのが伝わってきた。
6月に約束していた通り二人で美味しいものを食べたり
買い物に行ったりした。
母はスーパーマーケットでカートを押しながら
かなり広範囲に移動できた。
帰ってくると今日はいい運動をしたと言った。

母とよく食べた。
暑いのもあって母の好物。
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こちらは六花亭のミニパフェ。
母の大好きなアイスクリーム。

母のスケジュールは週に3回のヘルパーさん。
週2回のデイケアー。
週に1回の訪問看護。
このスケジュールは母が自宅に戻った2日後から始まった。
合間を縫って妹の納骨堂へのお参りや父の施設の訪問。
母は疲れていないだろうかと心配しながら
それ以上に私も母も退院できた嬉しさでハイテンションになっていた。
さすがに2週間近くなると母に疲れが見えてきた。
イギリスに戻って10日ほど経った。
電話で聞く母の声はとても元気で安心する。
母は私が帰ってしまったのは寂しい反面
自分の生活のリズムを取り戻してほっとしているようだ。

自宅に戻った母の嬉しそうな顔。
母をたった一人でこの家に帰さず
私が迎えることができて本当に良かった。
もし今回帰国することができず母を一人で
退院させたら絶対に後悔するだろう。

続里帰り2013-1

仕事に復帰して初めてのお休み。
いつも日本から戻って時差ぼけと戦いながらの最初の週はとても疲れる。
お休みが待ち遠しかった。

今回も6月と同じフィンランド航空を使って中部国際空港に着いた。
前回は気づかなかったが今回出発ロビーでこんなものが目に入ってきた。
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遊び心がいいな。

今回も友達が千歳空港まで迎えに来てくれた。
今回も空港内の温泉に泊まり疲れを取りたかったのだが
ハイシーズンで温泉は満室だったので諦めた。
ランチを取ったらもう何もかも美味しくて仕方なかった。
そしてまた友達の車を借りて自宅へ向かった。
もう夕方になっていたので母の病院へは
翌日の日曜日に行くことにしていた。

母の退院は8月1日に決まっていた。
しかし母には7月の末にまた来ると言ったきり
正確な日にちは伝えていなかった。
日曜日の午前中に母の病室を訪ねると私を見た母はびっくりしていた。
嬉しさがあふれ出るような満面の笑顔で私の手を取った。
あんな嬉しそうな母の顔を見たのは私の花嫁衣裳を見たとき以来だと思った。
あとで母が言っていた。
いつも病院食を残さず食べていたのに
あの日はあまりにも嬉しくて胸がいっぱいで
お昼を全部食べられず珍しく残してしまったと。

5週間ぶりに見る母はとても元気そうだった。
同室の人たちとも仲良く和気藹々としていた。
みんな退院の近い人ばかりだったのでよけい明るく感じた。
退院まで毎日病院へ通った。
母はリハビリを私に見て欲しいなと言っていたので
退院する前日に見せてもらった。
理学療法士の方が病室まで迎えに来てくれる。
リハビリ室に向かう長い廊下を歩く母の足取りは
5週間前に比べるとかなりしっかりしていた。
1時間かけた午後のリハビリはマッサージから始まり
足を使ったメニューが何種類かあり
長い廊下を2往復する。
最後に階段を登り降りてくる。
全て杖無しだった。
足を使ったメニューの中で私が驚いたのは
サッカーボールを使った訓練。
骨折していない右足でサッカーボールの壁蹴り。
戻ってきたボールを蹴った同じ足で止める。
軽く蹴るだけでいいですからねと言われているのに
母は壁に穴が開くのではないかと思うくらい力強く蹴り
見事にその足でボールを止めていた。
最初は蹴っても同じ足でボールは止められなかったそうだ。
お世話になった3人の理学療法士さんとの関係もいいのが見て取れた。

母から退院する前日に渡す看護婦さんと理学療法士さんへの
お礼の菓子折りを頼まれていた。
特にお世話になった3人の理学療法士さんへも個人的に
イギリスのチョコレートを頼まれた。
理学療法士さんは最初受け取りを辞退されてしまったのだが
母が頼み込んでもらってもらった。
翌日チョコレートが美味しかったと言われて
母はとっても嬉しかったそうだ。
退院する時エレベータの前に看護婦さんが集まって見送ってくれた。
3ヶ月もいたのだと思わされた光景だった。

車に乗り込んで家に向かった。
友達が貸してくれた車であること。
他の友達にも本当によくしてもらっていることを
車の中で話していると母が
「みんな善い人ばかりで涙が出てくるね。友達は大切にしなさいよ」と言い出した。
私は驚いた。
今まで泣くということがない母だったので
とにかく驚いた。
そして骨折してから自宅へ戻れるまでの3ヵ月半
母はいろんな経験をしたのだろうと思った。

ご対面

昨日の朝6時に実家を出てイギリスの自宅にたどり着いたのは
日本時間の午前3時を過ぎていた。
前回の6月とは違って夏休みとお盆休みの終りにぶつかり
空港は千歳、成田、ヘルシンキとどこも混んでいた。
乗り換えの時間が非常に短いフィンランド航空の利用は
かなり緊張する。
前回ヘルシンキでセキュリティーを通るときに
エックス線を通す籠にパスポートと搭乗券を忘れたので
同じことを繰り返さないようにと自分に言い聞かせた。
昨日ヘルシンキ空港のセキュリティーにたどり着いたら
マンチェスター行きは8番に並ぶように言われたのに長い列。
周りの乗客は同じく乗り換えの時間がない人ばかりで
みな一様に焦っていた。
待っている間に搭乗時間の3時半は過ぎていた。
ゲートに着くともうファイナルコールで飛行機に乗り込んだ時間が
出発時間の4時5分だった。

予定通りにマンチェスターに到着した。
相変わらず上空は厚い雲に覆われていた。
気温は15度くらいで寒く感じた。

迎えに来てくれた夫がタクシーを待つ間に左手を見せた。
結婚指輪をしていない。
夫は迎えに来る途中の電車の中で気づいたけれど
はずした覚えがないと言う。
家に着いてからさっと探してみるが見つからない。
なぜかベッドルームと私の頭の中に浮かんできたので
そこを探すように言った。
戻ってきた夫が左手を見せる。
指輪をしている。
ベッドのシーツの中にあったそうで全く記憶にないと言う。
寝ている間に自分ではずしたようだ。
指輪を自分からはずすような夢を見ていたのか?

我が家でやっと会えたのが蘭の花。
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1週間ほど前から咲き出した。
3年も待った甲斐があった。

母は見事に復活してくれた。
今回もう一度帰ることができて本当に良かった。