続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

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母と父

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この生花は母が老人ホームの活動で生けた。
花が好きで生花もたしなんでいた母は花を生けているときは
認知の症状も落ち着き楽しんでやっているそうだ。

母の中では父はすでに亡くなっていた。
母が辛い認知症の治療の中であとに残してきた父が心配で
母の世界でもう亡くなったことになったのだと思う。
ところが父の葬儀や初七日が終わった頃
急に母が「父さんは?」と尋ねた。
私は咄嗟に父さんはもう亡くなったでしょと答えた。
その時私は母は本当は父は死んでいなかったことをわかっているのではと思った。

それから数日後また母が父のことを尋ねた。
「父さん亡くなったの?」と。
私はそうだよと答えると母は「お葬式したの?」と訊いた。
とってもいいお葬式してもらったよと答えると
母は突然手を合わせて「よかった」と呟いた。
私はこの時やっぱり母は父が生きていたことをわかっていたと実感した。

それからホームを訪ねるたびに母は父のことを訊いた。
ある日母の目や雰囲気が正気であると感じたので
少し詳しく父の話をした。
父は心臓が弱って病院に入院していたが
父の心臓がもたず逝ってしまったと。
ただその死は突然で父は苦しまずに眠るように逝けたのだと言うと
母がわっと泣き出した。
去年から20キロも痩せてしまった母。
その小さくなった肩を震わせて泣いている母に
父のこと知らせてかわいそうなことをしたと思う反面
9月に父が危篤状態になってから父のことを母に話せなかったので
ようやく母に父の死を話せたこと、悲しみを共有できたことで
私自身が楽になった。

その後母は私の顔を見るたびに父の死を確認しようとした。
そして私の言葉を聞くと少し黙って最初の頃は母の瞳から
スーッと一筋の涙が流れるのを見た。
仲のいい夫婦には見えなかったがやはり愛情があったのだとほっとした。
そう思わせておきながら母は父さんの年金が止まるから大丈夫かとか
保険は出たかとか現実的なことも訊いてきて苦笑することもあった。

父の遺影は私の友達と一緒に撮った写真を使った。
私の友達の横で父は満面の笑顔だった。
イギリスに持ち帰るのにその遺影を縮小コピーをしてもらう時
数枚してもらった。
母を訪ねたときに父さんの写真があるけど見る?と母に訊いた。
母がうんと言ったので見せるとしばらく見入っていた。
この写真を額に入れて母さんの部屋に飾ろうかと言うと
またうんと言った。
額に入った父は母の枕もとのテーブルの上で満面の笑顔だ。

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こんにちは。

私も父や肉親や大切な人を亡くしていますが、
亡くなった方に生きている私達が出来る唯一
出来る事は「決して忘れない事」だと思って
います。
その方が確かに存在していた事をいつまでも
心に残して置く事が、一番の供養に繋がると
感じます。

お母様のベッドの側にお父様の写真を飾って
来れて、本当に良かったですね。

2016.03.29 03:17 kusu #- URL[EDIT]

kemmiさま

お疲れ様です。
お父さまを思うお母さまのお気持ちに
より添えて、本当に良かったと思います。
後ろ髪引かれちゃうでしょうけれど、
お身体 大事になさって
元気で 頑張って下さいね!!!

2016.03.29 13:37 しろうさ #WGv/JGO2 URL[EDIT]

よかった。
なんだか、いろんなこと全部すうっと筋が通ったみたいで…..。
お母様の活けた花もすうっとしてる。
悲しいのも寂しいのも、もやもやしてるよりはすうっとしてる方がどちらかというと気持ちが良いような気がします。
その方が泣きやすい。

2016.03.29 18:16 TSU #- URL[EDIT]
kusuさま

そうですね。
忘れてはいけませんね。
父も母のそばでほっとしていると思います。

2016.03.29 19:22 kemmi #- URL[EDIT]
しろうささま

そうですね。
頑張ります。病気なんかしてられないですね。
ありがとうございます。

2016.03.29 19:28 kemmi #- URL[EDIT]
TSUさま

そうですね。
私も辛かったけどこれでよかったと思っています。

2016.03.29 19:30 kemmi #- URL[EDIT]

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