続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

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ポーラ

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顔見知りのお客さんポーラから誕生日カードをいただいた。
2つとも彼女の手作りで3Dと呼ばれる手法。
去年私の誕生日週にお休みを取っていて仕事に復帰したときに
そのことをポーラに言ったらカードを贈りたかったと言われた。
今年の誕生日を覚えていてくれてカードを贈ってくれた。
絵が浮き出すような手法であまりの見事さにびっくりした。
特に小さいカードは着物を着た女性が舞っていて綺麗なのだ。

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実はポーラとはお母さまを通じての知り合いとなった。
若い頃ご主人と香港からイギリスにやってきたチャオさんは
うちのスーパーの常連さんだった。
私が日本人とわかると親近感を持ってくださって
よく声をかけてくれた。
日本に行ったことがあるとアルバムを3冊も持ってきてくれて
日本の写真、家族の写真など沢山見せてくださった。
ご主人に焼かせたアップルパイを時々私と中国系のアリソンに
持ってきてくれたこともあった。
夫にチャオさんの話しをすると夫の幼馴染のお母さんであることも判明。
とてもよくしていただいていたのだが3年前のクリスマス前に訃報が届いた。

チャオさんは自宅の台所で倒れそのまま帰らぬ人となったのだ。
数日前胃の痛みを訴えて医者に行ったがただの胃痛と診断された。
しかし本当は胃がんでそれが元で亡くなってしまった。
医者はわからず本人も家族もわからなかったのだ。
チャオさんの近所に住んでいたデイブが訃報を教えてくれた。

その数ヵ月後ポーラがお店にやってきてチャオさんのことを知らせてくれた。
お宅でも私のことを話題にされていたようでポーラは少し悲しみが癒えた頃
お店に来てくれたのだった。
それからポーラと話をするようになった。
お母さんが亡くなった後のポーラには試練が多すぎた。
一年足らずのうちにお父さんもお母さんの後を追うように亡くなり
お兄さんまでが自殺されてしまった。
その悲しみも癒えぬまま今度はポーラ自身にガンが見つかった。
しばらくポーラの姿を見なかった一年足らずの間に起こったことだった。

またポーラが姿を見せてくれたのは彼女が抗癌治療をはじめ
頭をスカーフですっぽりと覆っていた頃だった。
治療は上手くいき少しずつ健康を取り戻していった。
カードを持ってきてくれたときがん治療のほうは
もう一度スキャンを受けてその結果がよければ
たぶん大丈夫だと思うと話していた。

手の込んだカードを私のために作ってくれたと思うと
嬉しいというのか胸が締め付けられる思いがした。
なんと表現したらいいのかわからないのだが
チャオさんがよく行ったお店の店員にここまでしてくれるのがなんとも言えず
私は何のお返しをしたらいいのかと思ってしまう。

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すごい!
いろんな意味ですばらしいね、kemmiさん!!

2014.09.30 23:52 TSU #- URL[EDIT]
TSUさま

いろんな出会いがあるのです。
不思議ですね。

2014.10.01 06:25 kemmi #- URL[EDIT]

すごい!
なんて精巧なカードなの~~!
これ、本当に、気持ちがないと贈れませんよね。
きっと、ポーラさんも、そのお母様も、Kemmiさんから、素敵なもの(笑顔とかさりげない言葉とか...。)をたくさんもらってたに違いありません。

2014.10.01 12:53 tuguki #- URL[EDIT]
tugukiさま

そうなんですよ。
5分、10分でできるようなものではないので
作ってくれているところを想像すると
恐縮してしまいます。
お母さまのチャオさんにはとっても良くしてもらったのです。

2014.10.02 05:32 kemmi #- URL[EDIT]

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