続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

2014年05月 の記事一覧

母のブローチ

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母へのブローチができた。
抜き取られたブローチは縁起が悪いので少し絵柄を変えた。

あのブローチには呪いをかけた。(笑)

今度はちゃんと手渡しで。

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葬儀に向けて

義母の葬儀は6月2日に決まった。
私の里帰り前なので私と夫はほっとした。
夫は私の目から見ると落ち着いているように見える。
まだ実感がないと言っていた。
義母が亡くなってから最初の日曜日私は仕事だった。
仕事から戻ると夫が話してくれた。
夫はいつものように日曜日のお昼前に
義母に電話しようと思ったそうだ。
そして義母がもういないとわかってとっても動揺したと。

日本の葬儀への過程が異なるので書き留めておきたい。
亡くなった義母の亡骸は病院からすぐ葬儀屋さんに移されたと
思っていたのだが違っていた。
義母は金曜日に亡くなった。
その日に死亡診断書は出なかったので
義母は病院に安置されていた。
土日を挟んでしまったので月曜日に夫の姉が死亡診断書をもらい
それをもってレジスターオフィスで死亡の手続きをした。
義母はお墓に埋葬されるので火葬場で埋葬の手続きをする。
夫が先祖代々の墓の持ち主になっているので
月曜日に火葬場へ行き墓を開けるのに必要な書類をもらってきた。
さらにsolicitorと呼ばれる事務弁護士の承認がいるので
法律事務所へ行き手続きを終えた。

火曜日に全ての書類を揃えて葬儀屋さんに夫の姉弟と集まった。
葬儀の打ち合わせをし、日取りが決まった。
水曜日に葬儀屋さんが病院へ義母の遺体を引き取りに行き
埋葬するための処置を施す。
準備が整ったら義母の遺体は葬儀屋さん内のチャペルに安置され
家族は毎日でも義母に会いに来ていいそうだ。
義母が亡くなるまで身の回りの世話をしてくれた弟さんの
お嫁さんがお母さんに着せる服、アクセサリ、棺の中に入れる
写真や義母のお気に入りの物などを葬儀屋さんに渡した。
打ち合わせのコーディネートをしてくれたレイチェルという女性は
とても感じのいい人で打ち合わせを進めてくれ
その場は笑いもあり和やかな雰囲気になった。

弟さんのお嫁さんが義母の写真を渡していたのだが
夫が義母の見た目が生前のようになるかな。
葬儀屋さんの腕次第だなと言っていた。

イギリスでは家族が亡くなった家では日中もカーテンを閉めておくそうで
これはお葬式の日まで続けるそうだ。

イギリスの葬儀はゆっくりしたスピードで行われるので
精神的に楽だと思える。
8年前に妹を亡くした時悲しむ間も無く葬儀に追われ
葬儀が終わったと思ったらすぐ初七日。
わけのわからないまま事が進んでいった。

葬儀屋さんを後にするとき夫は姉弟に自分は
義母には会いに行かないからと言った。
夫は義母の亡骸の中にはもう何もいない。
自分は最後のお別れのときしっかり別れてきた。
夫は義母の耳元で何かささやいていた。
あとで夫はあれは自分と母親だけの別れの言葉で
何を言ったかは自分が死んでも誰にも言わないと言っていた。

お葬式の日はまた涙になると思うが
それまではゆっくりとその日を迎えられそうだ。

旅立ち

夫の母に励ましのコメントをありがとうございました。
残念ながら義母は昨日帰らぬ人となりました。

色々と手は尽くしてくれたようなのですが回復は見込めず
酸素吸入で何とか呼吸を保っていたのですが
昨日朝9時に家族の許可を得て吸入器が止められました。
義母はそのほぼ4時間後に息をひきとりました。

夫はその前日に義母が危険な状態だと連絡を受け
病室の入り口から義母を見ただけで足が凍りつき
そのまま待合場所に行ってしまいました。
義姉が夫に付き添ってくれて私が夫の元に行くと
夫は泣き崩れていました。
とても死に逝く義母を直視できない。
病室の前に壁が立ちはだかっているようで
一歩も前に進めなかったと言っていました。
結局その日夫は義母の顔を見ずに帰ってきました。

義母は自由気ままに生きてきた人で
優先順位はいつも自分が一番。
夫は私が想像もつかないような辛い経験をしてきています。
義母の性格は変わらず相変わらず自分が一番。
電話は欠かさずしていた夫ですが
辛いときなどちょっと義母の優しい言葉を期待していても
いつものように裏切られていました。
もう電話なんかしないと言いながらその繰り返し。
私から見ると本当にお母さんが好きで
たった一言優しい言葉をかけてくれるのを期待しているのだと思いました。

泣き崩れている夫を見てどんな母でも夫にとってはかけがいのない存在。
途方に暮れている夫の姿はかわいそうで仕方ありませんでした。

昨日、朝付き添っていた弟さんから電話が入り
酸素吸入器を止めることになるので病院に来て欲しいと言われました。
夫はもう覚悟を決めていたようで義母に最後のお別れをしてきました。
しかし自分には義母を看取れないと姉弟たちに詫びを入れて
すぐに病院を去りました。
それから4時間後お姉さんから義母が亡くなったと連絡が来ました。
長い4時間でした。

夫はもう義母に電話できなくなったなとつぶやいていました。

義母の遺体は自宅に戻ることなく葬儀屋さんに安置されています。
処置が施されるまでは家族には会えないそうです。
たぶん夫はもう義母の顔は見ないと思います。
お葬式までにしなければいけない手続きがあるのですが
土曜日、日曜日にぶつかってしまったので
来週にならないと何もできません。
今は自宅でゆっくりしながらお線香をあげています。
お線香はイギリスの風習ではないのですが・・・

夫はなぜかわからないけれど家族が亡くなった家は
カーテンを閉めるのだと言って昨日からカーテンを閉めています。
まだお葬式の日程は決まっていないのですが
なんとか私の里帰り前になればいいと夫と話しています。

残念な結果になりましたが色々な病気を抱えていた義母が
もう痛みのない世界へ旅立ったのだ。
懐かしい家族と再会しているのだと夫と思っています。
ご心配をお掛けしました。

お義母さん

夫の母が先週の水曜日に自宅で転んで肩を骨折した。
連絡を受けて救急病棟へ行くと腕と肩を固定されたお義母さんが
ベッドに上半身を起こすような形でいた。
結局そのまま入院になった。
最初の診察ではギブス固定で6週間ということだった。
ベッドの上で悪態も吐くお義母さんを見て私たちは大丈夫だと思ってた。

ところが容態が急変した。
もともと心臓、肺が悪くヘルニア持ち、糖尿病とあらゆる持病を持っている。
お義母さんの身体は骨折のショックで全ての機能が低下してしまった。
血液中に毒素や老廃物が一気に増えたがそれを濾過する肝臓の機能が
著しく低下しているそうだ。
一昨日からは昏睡状態が続いている。

夫は日曜日にお義母さんを見舞ったとき時々わけのわからないことを言うお母さんを見て
ただ事ではないと思っていたそうだ。
私は痛み止めに使うモルヒネの副作用だと思っていた。
モルヒネを使わなくなれば以前のお義母さんに戻ると思っていた。

夫の母は77歳。
ここ1,2日が峠といわれている。

母の日・・・間違った

日本の母の日は来週の日曜日だと思っていた私。
他の方のブログで今日だと知りショック。
母に手作りのブローチを送ったがまだ届いていない。
今日電話で母と話して2,3日のうちに届くよと言ったのだが
その時は今日が母の日だとは知らなかった。

IMGP4852.jpg

明日届いてくれないかな。

追記
月曜日に届いたのだが母から連絡が来て
なんとブローチは入っておらずカードだけだったと。
封筒には補修した跡があって抜き取られたようだ。
今まで10年以上もこんな事はなかったのでショック。
母も楽しみにしてデイケアーに着けていくと言っていたのに。
ただでさえ母の日を間違えていてそれなのに
ブローチが届かないなんて母に申し訳ない。
母にすぐに作り直して送ると言うと
いいよ、来月の里帰りのときに持ってきてと言われた。
もっと頑丈な封筒を使えばよかった。
なんだかとっても悲しい母の日になってしまった。

Any Day Now

220px-Any_Day_Now_(2012_Film).jpg

日本にいる友達が今どうしても観たい映画があるとメールをくれた。
「チョコレートドーナッツ」。
どんな映画なのかインターネットで予告編を見ただけで涙がこぼれた。
見たい、絶対見たい。
日本では4月に劇場公開されたようだが
調べてみると映画は2012年のもので原題は「Any Day Now」だった。
DVDが出ていたので早速購入して観た。

1970年代にあった実話を基にしたお話。
ゲイカップルが母親から見放されたダウン症のマルコと
何とか家族として一緒に暮らそうとするが
ゲイカップルという偏見と法律の壁に阻まれ
求め合う3人がただ一緒に暮らしたいという願いを叶えられない。

エンディングは淡々と描かれている。
あ、映画が終わったのだと思う。
でも映画の余韻が2,3日続いた。

ルディを演じるアラン・カミングの演技が素晴らしかった。
劇中で歌う彼の歌は感情がストレートに伝わってきた。
彼の悲しみ、怒り、愛。
心を打つ歌。

ゲイカップルの映画なので夫はまた私が変な映画を見ていると思っていたようだが
途中から夫も見入っていた。

友達のおかげでいい映画を観させてもらった。

ターコイズイヤリング

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ターコイズの土台に白い花をあしらってイヤリングに。

色々とあります

お葬式のアレジンメント騒動の翌日の話。
中年の男性が20ポンドの花束を買いに来た。
優しそうな感じの方で今日妻が帰ってくるのでと話してくれた。
それから1時間後くらいにまたこの男性が他の20ポンドの他の花束を買いに来た。
ちょっと驚いた顔をした私に
「今日は妻の誕生日だったんです。もっとお花が欲しいわと言われて」と
事情を説明してくれた。
カード決済をしている間に後ろで花屋の電話が鳴っていて
接客中は電話を取らないのだが気になって集中してなかった私。
どうもありがとうと立ち去る男性。
電話に出てふとレジを見るとお客さんのクレジットカードが
カードリーダーに残ったままで決済もされていなかった。
慌ててカードを手に外へ走った。
うちのスーパーの駐車場はかなり広く扇状になっていて
その中から一人のお客さんを探すのは容易なことではない。
駐車場を見回すと幸いなことに花束を抱えて車に向かう男性を発見。
車に乗り込む前に何とか彼の元にたどり着けた。

男性にクレジットカードを見せるとあっという顔になり
実は決済もまだなんですと言うと恐縮していた。
再び店に戻る道すがらこの男性が
「実は妻は癌で来週の金曜日から抗癌治療が始まるのです」と言った。
そのことで頭がいっぱいでなんだか他のことが手に付かなくて
カードを取り忘れて帰ったこともここ2回ほどあってと続けた。

店に戻り決済を済ませた。
男性は君のおかげでトラブルを回避できたと感謝してくれた。
奥様の治療が上手くいくといいですねと言うと
男性はほんとにありがとうと言ってレジ越しに
頬にキスをしてくれた。

男性の後姿を見送りながら人生色々とあるのだなと思った。
たかが花屋、されど花屋。
様々な人生模様が垣間見れる場所。