続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

2013年08月 の記事一覧

続里帰り2013-2

母が家に戻った日疲れて昼寝でもするかなと思っていたが
嬉しさと興奮で夜になってもなかなか寝付けなかったようだ。
そして3日間くらいは母のおしゃべりが止まらなかった。
話したいことが山ほどあったようだ。
実家は母の帰宅に合わせて玄関、廊下など
必要な場所に手すりをつけておいた。
母は出かけるときは杖を使い、自宅では杖無しで
伝い歩きをしながら生活することにした。
最初の2,3日は家の中での移動はぎこちなかったが
あっという間に勘を取り戻しスムーズになった。

骨折と持病以外は母は健康そのものだった。
毎日が楽しくて仕方ないのが伝わってきた。
6月に約束していた通り二人で美味しいものを食べたり
買い物に行ったりした。
母はスーパーマーケットでカートを押しながら
かなり広範囲に移動できた。
帰ってくると今日はいい運動をしたと言った。

母とよく食べた。
暑いのもあって母の好物。
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こちらは六花亭のミニパフェ。
母の大好きなアイスクリーム。

母のスケジュールは週に3回のヘルパーさん。
週2回のデイケアー。
週に1回の訪問看護。
このスケジュールは母が自宅に戻った2日後から始まった。
合間を縫って妹の納骨堂へのお参りや父の施設の訪問。
母は疲れていないだろうかと心配しながら
それ以上に私も母も退院できた嬉しさでハイテンションになっていた。
さすがに2週間近くなると母に疲れが見えてきた。
イギリスに戻って10日ほど経った。
電話で聞く母の声はとても元気で安心する。
母は私が帰ってしまったのは寂しい反面
自分の生活のリズムを取り戻してほっとしているようだ。

自宅に戻った母の嬉しそうな顔。
母をたった一人でこの家に帰さず
私が迎えることができて本当に良かった。
もし今回帰国することができず母を一人で
退院させたら絶対に後悔するだろう。

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続里帰り2013-1

仕事に復帰して初めてのお休み。
いつも日本から戻って時差ぼけと戦いながらの最初の週はとても疲れる。
お休みが待ち遠しかった。

今回も6月と同じフィンランド航空を使って中部国際空港に着いた。
前回は気づかなかったが今回出発ロビーでこんなものが目に入ってきた。
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遊び心がいいな。

今回も友達が千歳空港まで迎えに来てくれた。
今回も空港内の温泉に泊まり疲れを取りたかったのだが
ハイシーズンで温泉は満室だったので諦めた。
ランチを取ったらもう何もかも美味しくて仕方なかった。
そしてまた友達の車を借りて自宅へ向かった。
もう夕方になっていたので母の病院へは
翌日の日曜日に行くことにしていた。

母の退院は8月1日に決まっていた。
しかし母には7月の末にまた来ると言ったきり
正確な日にちは伝えていなかった。
日曜日の午前中に母の病室を訪ねると私を見た母はびっくりしていた。
嬉しさがあふれ出るような満面の笑顔で私の手を取った。
あんな嬉しそうな母の顔を見たのは私の花嫁衣裳を見たとき以来だと思った。
あとで母が言っていた。
いつも病院食を残さず食べていたのに
あの日はあまりにも嬉しくて胸がいっぱいで
お昼を全部食べられず珍しく残してしまったと。

5週間ぶりに見る母はとても元気そうだった。
同室の人たちとも仲良く和気藹々としていた。
みんな退院の近い人ばかりだったのでよけい明るく感じた。
退院まで毎日病院へ通った。
母はリハビリを私に見て欲しいなと言っていたので
退院する前日に見せてもらった。
理学療法士の方が病室まで迎えに来てくれる。
リハビリ室に向かう長い廊下を歩く母の足取りは
5週間前に比べるとかなりしっかりしていた。
1時間かけた午後のリハビリはマッサージから始まり
足を使ったメニューが何種類かあり
長い廊下を2往復する。
最後に階段を登り降りてくる。
全て杖無しだった。
足を使ったメニューの中で私が驚いたのは
サッカーボールを使った訓練。
骨折していない右足でサッカーボールの壁蹴り。
戻ってきたボールを蹴った同じ足で止める。
軽く蹴るだけでいいですからねと言われているのに
母は壁に穴が開くのではないかと思うくらい力強く蹴り
見事にその足でボールを止めていた。
最初は蹴っても同じ足でボールは止められなかったそうだ。
お世話になった3人の理学療法士さんとの関係もいいのが見て取れた。

母から退院する前日に渡す看護婦さんと理学療法士さんへの
お礼の菓子折りを頼まれていた。
特にお世話になった3人の理学療法士さんへも個人的に
イギリスのチョコレートを頼まれた。
理学療法士さんは最初受け取りを辞退されてしまったのだが
母が頼み込んでもらってもらった。
翌日チョコレートが美味しかったと言われて
母はとっても嬉しかったそうだ。
退院する時エレベータの前に看護婦さんが集まって見送ってくれた。
3ヶ月もいたのだと思わされた光景だった。

車に乗り込んで家に向かった。
友達が貸してくれた車であること。
他の友達にも本当によくしてもらっていることを
車の中で話していると母が
「みんな善い人ばかりで涙が出てくるね。友達は大切にしなさいよ」と言い出した。
私は驚いた。
今まで泣くということがない母だったので
とにかく驚いた。
そして骨折してから自宅へ戻れるまでの3ヵ月半
母はいろんな経験をしたのだろうと思った。

ご対面

昨日の朝6時に実家を出てイギリスの自宅にたどり着いたのは
日本時間の午前3時を過ぎていた。
前回の6月とは違って夏休みとお盆休みの終りにぶつかり
空港は千歳、成田、ヘルシンキとどこも混んでいた。
乗り換えの時間が非常に短いフィンランド航空の利用は
かなり緊張する。
前回ヘルシンキでセキュリティーを通るときに
エックス線を通す籠にパスポートと搭乗券を忘れたので
同じことを繰り返さないようにと自分に言い聞かせた。
昨日ヘルシンキ空港のセキュリティーにたどり着いたら
マンチェスター行きは8番に並ぶように言われたのに長い列。
周りの乗客は同じく乗り換えの時間がない人ばかりで
みな一様に焦っていた。
待っている間に搭乗時間の3時半は過ぎていた。
ゲートに着くともうファイナルコールで飛行機に乗り込んだ時間が
出発時間の4時5分だった。

予定通りにマンチェスターに到着した。
相変わらず上空は厚い雲に覆われていた。
気温は15度くらいで寒く感じた。

迎えに来てくれた夫がタクシーを待つ間に左手を見せた。
結婚指輪をしていない。
夫は迎えに来る途中の電車の中で気づいたけれど
はずした覚えがないと言う。
家に着いてからさっと探してみるが見つからない。
なぜかベッドルームと私の頭の中に浮かんできたので
そこを探すように言った。
戻ってきた夫が左手を見せる。
指輪をしている。
ベッドのシーツの中にあったそうで全く記憶にないと言う。
寝ている間に自分ではずしたようだ。
指輪を自分からはずすような夢を見ていたのか?

我が家でやっと会えたのが蘭の花。
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1週間ほど前から咲き出した。
3年も待った甲斐があった。

母は見事に復活してくれた。
今回もう一度帰ることができて本当に良かった。