続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

2013年07月 の記事一覧

施回橋 Swing bridge

夫を釣りに迎えに行った帰りスイングブリッジにきたら
船が通るので通行止めになった。
10分ほど足止めなので写真を撮ってみた。
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26日にまた日本へ向かいます。
今回は母の退院に合わせてで母が一人で生活できるように
見届けてくる予定です。
3週間ほどお休みします。
皆さま熱中症には気をつけてください。

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ロイヤルベービー

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ロイヤルベービー誕生。
ジョージと名づけられた。
イギリス中お祝いムード。
やはりめでたいことは他人事でも嬉しい。

日本の優れもの

夫は行ける機会があるうちにと今日も釣りへ。
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少し大きくなった鴨の子がまだお母さんと一緒に泳いでた。

いつも生命保険会社から夏にうちわをいただいている。
今回実家に帰ったときにそれがたまっていた。
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これならかさばらないのでイギリスに持ち帰った。
使う機会はあるだろうかと思っていたら
暑い日々が3週間も続いてすぐに出番がやってきた。
このうちわは夫にも好評だ。
さすが日本の優れもの。

ちょっとシックなネックレス

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ヘリンボーンステッチを使ったネックレス。
フラミンゴメタリックアイスというファイヤーポリッシュを
埋め込んでみた。

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5月の初めから作っていたのだがファイヤポリッシュが足りなくなって
10センチほど編んで中断。
イギリスのビーズ屋さんではこの色のビーズが見つけられず
日本で買った。
なかなか忙しくて時間が取れずやっと仕上げた。

夏がやってきた!

7月始めにガーデンセンターが閉店した。
人数の足りない中でお花屋さんとガーデンセンターの掛け持ちは
大変だったので私もデイブもほっとしたところだった。
6月下旬にイギリスに戻ってきたらヒーターが必要なほど寒かった。
また日本へ行くので夏物は使わないだろうと置いてきた。
ところが数年ぶりのいい天気がガーデンセンターの
閉店あたりから始まってきた。

ロベリアの苗を買ってハンギングバスケットに植えた。
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連日のいい天気。
ポツポツと花がつき出した。
12年のイギリス暮らしでこんな夏らしいのは初めてだ。

去年の暮れくらいにお花屋さんにいらしたお客さんが
私が日本人だと知って友達に私のことを話したようだ。
そしてその方のお友達が私を訪ねてきた。
何でも息子さんが日本人の女性と結婚して
以前は上海、今は香港にいるということで
私に親近感を感じてくださったようだった。
孫にあたる女の子の写真を見せに来てくれた。
七五三のときに撮った写真で赤い着物を着て
とてもかわいらしく写っていた。

私が日本から帰ってきた翌週に息子さん家族が
イギリスに来るのでそれを楽しみにされていた。
ぜひ私に会わせたいと私の出勤日をきいてくれた。
息子さん家族にも予定があるので時間を作るのは
大変だろうと思っていた。
私が出勤していた土曜日に「こんにちは」と
日本語で話しかけられて振り向くと7,8歳くらいの
お嬢さんを連れた日本人の女性がいらして
すぐにお客さんのご家族だとわかった。
おばあちゃんにと花束を買ってくださった。
とても感じのいい方でお嬢さんもかわいらしかった。
お嬢さんはとてもきれいな日本語を話していて
お母さんが教えているそうで感心した。
日本のおばあちゃん、おじいちゃんと話せるためにと
おっしゃっていた。
もっとお話ししたいと思っても仕事中なのでままならなかった。
その方もそんな思いがあったようで
来年もまた来るのでその時はお茶でもしたいですねと
言ってくれた。
この町では日本人に会う機会はほとんどないので
嬉しいひと時だった。

里帰り2013-4

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今回の里帰りは変な感じだった。
実家には誰もいなかった。
そうなるとはわかっていたものの
実際体験すると余計そう思えた。

自分一人だけ。
母の日々の生活を体験しているようだった。
最初の週は母の様子が少しおかしかったので
認知症を疑ったりした。
今の現状をどうするかだけ考えていたけれど
本当はもっと先のことを考えなければいけない。
今回母は回復して実家に戻れるけど
近い将来のことも考えていかないといけない。
毎日最低2度は電話をかけてくれる夫に愚痴ると
やっぱり今回は帰らないほうがよかったんだよと言われた。

次回の母の退院への準備もできた。
3週間の里帰りが終わりに近づいてくる頃には
今回帰ってきたよかったと思えてきた。

たった一人の食事は寂しいものだ。
美味しいものを食べようと思っていたが
一人だとどうでもいいようになってしまった。
母が「退院したら美味しいもの食べようね」と言っていたので
今はそれを楽しみにしている。

今回の里帰り直前に初めて勤めた会社の先輩たちと連絡が復活した。
タイミングがよく滞在中に会えた。
もう出会いは30年ほど前になる。
会社を辞めた後も付き合いがあったが数年前から
連絡が途絶えていたところだった。
入社は一年しか変わらずみな新卒で勤めたところだったので
なんとなくまだ学生気分が抜けないままの社会人なりたてだった。
私の失敗談をいまだに覚えていて笑い話になっていた。
私は庶務課で経理を担当していた。
支店長の名で慶弔の電報を打つのも私の仕事だった。
もう何回も打っていたので考えずにスラスラと電話していたのだが
電話を切ると先輩の一人が「今小松正夫(コメディアン)って言わなかった?」
私が言わないよと相手にしないとすぐそばにいた課長が
「小松正夫って言ってた」と言われた。
そこで庶務課一同大笑い。
支店長の氏が小松だった。
しかし名前は正夫ではない。
ひとしきり笑った後青くなって電報局に電話した。
事情を話すと笑われたが電報は直してくれた。

毎回大学時代のお世話になっている友達。
両親の悩みを聞いてもらったり
妹が亡くなってからは毎年空港まで送ってくれて
見送ってくれる。
7月末に再度日本に向かうその時も
また色々とお世話になってしまう。
本当にありがとう。

7月末から8月にかけてまた日本へ。
二つの場所を行き来していると
どちらが現実なのだろうと思ってしまうことがある。
どちらも現実なのだが。

まずは体調を維持して次回に望みたい。

里帰り2013-3

実家での最初の仕事は片付け。
それほど散らかっているわけではなかったが
母が夕飯用にといであったお米が炊飯器の中にそのまま。
お味噌汁がそのまま鍋の中で緑色のカビを生やしていた。
冷蔵庫の中にも残り物が少々。
炊飯器は小さな物に取り替えたいと母が言っていたので
古いものは捨てる予定だった。
しかし中身をそのままにしては捨てられないので
意を決してふたを開けてみると白いカビのようなものが
少し浮いていてお酒を作っているような臭いがした。

毎日母の病院へ通っていたが
一年ぶりに会える友達とも会った。
友達に連れて行ってもらったゆにガーデン。

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この日から北海道はとてもいい天気。
ランチは食べ放題。

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コーンスープがとうきびの甘みが出ていてとても美味しかった。

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友達が食べた桜餅。
あまりの小ささに写真を撮った。

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友達とはお互いの親のことや自分のことを話した。
一日あってもまだまだしゃべり足りない。

桃栗三年・・・

3年ほど前に鉢が割れて安売りしていた小さな蘭を買った。
また花を咲かせようと花芽を切ってただただ水をやっていた。
もう3年も新しい芽が出てこないのでもうだめかと
あきらめかけ捨ててしまおうかと思っていた。
今日室内の植物に水をやっていたら「あれ?」。

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里帰りや帰宅後もすぐ仕事復帰と忙しく
水はやっていたものの全く気がつかなかった。
もう20センチも新しい芽が伸びている。
何という生命力。
ちゃんと新しい芽を出す力を蓄えていたのだ。
とても嬉しい。

イギリスはようやく夏がやってきた。
何時まで続くかわからない短いであろう夏。
天気がいいと人の表情も違う。
お店に来るお客さんとの会話は
やっと来た夏だから暑いなんて文句は言えないね。

里帰り2013-2

千歳空港について今年も空港内の万葉の湯に泊まる予定だったが
チェックインが五時と遅く一時ごろ着いた私は寝不足と時差ぼけで
ボーっとして時間を持て余していた。
千歳に住む友達に電話をすると息子さんを連れて会いに来てくれた。



その後今回車を貸してくれる友達もわざわざ車を空港まで持ってきてくれて
私たちと合流。
毎年毎年お世話になります。
友達の顔を見るとほっとした。

その日は温泉に浸かって夕食にお刺身と中生ジョッキで疲れを癒した。
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翌朝実家に戻ったが迎えてくれる人は誰もいなかった。
変な感じだなと思いながら空気の入れ替えに
窓を開けていくと裏に住むお宅で物音がした。
おじさんだ。
脱衣所の窓から顔を出して「おじさーん」と声をかけると
「お母さんどうしちゃったの?夜も真っ暗で誰もいないよ」とおじさんの一声。
この家に越してきて20年、裏のおじさんには何かとお世話になっていた。
母が家で転倒し、今は病院にいることなどを説明して
おじさんも安心してくれた。

お向かいにも挨拶に行った。
母のために救急車を呼んでくれご主人が病院まで付き添ってくれたのだ。
こちらのご主人も奥さんもとても良い方々で
私の事情もわかっていてくれて母のことをできる範囲で見守ると
おっしゃってくれ電話番号まで教えてくれた。
ご主人は今年は町内会の班長さんで雪かきもしてくれていた。
妹が亡くなったときも思ったのだが
本当にいいご近所に恵まれていた。

母の病院を訪ねた次の日は老人健康施設にいる父を訪ねた。
ここ毎年のように父に会うときは「私誰かわかる?」と試している。
施設の大きなテレビの前のレザーソファに座る父。
今年も同じ質問をした。「わかるよ。〇〇ちゃん」と言ってくれたので
ホッとした。
父は扱いやすい入居者のようでスタッフの方々に
良くしてもらっているようだった。
穏やかな表情だったので安心した。
帰り際にスタッフの方がイベントのときに取った写真を見せてくれた。
父は満面の笑顔で写っておりそれも私を安心させた。
あまりにもいい笑顔だったのでいい写真ですねというと
持ち帰ってもいいと言ってくれたので2枚の写真をもらってきた。

その写真は携帯で写真を撮り夫にメールで送った。
夫はその写真の父の笑顔を見てホッとしたそうだ。
電話で話しているとホッとしたと同時に
なんだかわからないけれど涙が出てくると
夫はまた泣いていた。

その翌日は今まで両親の面倒をみていてくれた叔父の見舞いに。
叔父も病に倒れていたのだ。

里帰りの始まりはこんな感じだった。