続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

2013年03月 の記事一覧

イースター

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イースターホリデーはグッドフライデーと呼ばれる金曜日から始まって
イースターマンデーの4日間。
学校は1週間から2週間のお休みになるようだ。

お花屋さんはイースターのお花の代表水仙が売られる。
木曜日はお花を買う人が増えたのに対して
出荷された花が少なくて3時には花がほとんど売れてしまった。
金曜日はイースター用のバスケットアレンジが届く予定で
支店長に出勤時間を朝6時に変えてイースター用の
特別陳列を作ってくれないかと頼まれ予定より4時間早く出社。
いざ場所を作って倉庫を調べると届いているはずの
バスケットアレンジは届いていなかった。
急遽水仙やチューリップを使ってイースターらしいディスプレイにしたが
グッドフライデーにイースター用の物が届かないとは
花の卸会社として大丈夫なのだろうか。
それでもお花は相変わらず良く売れて忙しかった。

我が家では特に何をすると言うわけでもないが
夫に聞くとグッドフライデーはお肉を食べないで
魚を食べる家庭が多いと言うので
サーモンを買ってちゃんちゃん焼きにした。
去年イースターエッグのチョコレートを買わなかったら
夫が寂しそうだったので
今年は買ってあげた。
明日は「僕」のイースターエッグを少しあげるねと言われた。
なぜか「僕」の物になっている。
まあいいか。

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格好良さ

スーパーに勤めていると素敵なお客ばかりでなく
苦手なお客もいる。
毎日のように来る老人。
店内用の電動カートを借りて店内を一回りする。
売り場ごとに店員に声をかける。
無視すると怒り出すので相手にしないわけにはいかない。
声が大きいのでそろそろ自分の売り場にやってくるのがわかる。
別に店員に興味があるわけではなく
話をしたいだけなのだ。

ある日買い物が終わったこの老人が花屋の前を通った。
いつものように話し相手をしていると
私の仲の良いお掃除のスーを指差して
「あの人の給料はあんたより安いんでしょ?」と聞かれたので
おんなじ時給だと言うと
「あんな頭を使わず床を掃いているだけの仕事が
あんたと同じ給料なわけがない」と言い出した。
こんな変なことを言い出されて不愉快になってきたので
あの人は私の仲の良い友達なんですよと言った。
老人は間が悪くなったのかその先を続けずに帰っていった。

そのすぐあとにスーが花屋のちりとりを借りに来たので
その老人のことをどう思うと聞くと大嫌いと一言。
実はと言ってスーのことを悪く言っていたと言うと
最近あった話をしてくれた。

スーパーには保安会社から警備員の人が何人か
日替わりでやってくる。
その日は黒人の警備員だったそうだ。
老人はその警備員に話しかけ
「あんた私が話していることわからないだろう」と言ったそうだ。
肌の色で英語がわからないだろうとからかっていた。
たまたまそこで掃除をしていたスーは
これは聞き捨てならないと思ったそうで
「そんな言い方をすべきではない。
あんたの言うことはわかっているに決まっているでしょう」と叱ったそうだ。

それでスーのことを私に悪く言ったのだとわかった。
スーはあんな人は店出入り禁止にすべきだ。
もしまた変なことを言ったら支店長に掛け合って
出入り禁止にすると息巻いていた。

私には客に向かってこんなにきっぱりと
悪いことは悪いと言えない。
姉御肌でいつも助け舟を出してくれるスー。
この日は特にスーの格好良さに憧れた。

赤いフリンジペンダント

3月も半ばを過ぎたというのに気温が下がり
金曜日から雪が降り出した。
私の町はそれほどの被害は出ていないが
他の地では車に閉じ込められて救助を求めたりと
大変だったようだ。
去年の今ごろは15度だったとか20度だったとか。
お客さんが今年の冬はこんなに寒いのだから
夏は猛暑になるかもしれないと言っていた。
半分はそうなって欲しいと願っているのかも。

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今回のビーズはマットゴールドのフリンジを付けたペンダント。
ペンダントのディスクはインドビーズ。

切ないお花

ビオラがさらに花盛り。

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この2日切なくなるお花屋さんのお客様があった。
一人目はこれから孫のお墓に花束を持って行くという老婦人。
花束が出来上がると「明日はこの子の誕生日なの。
生きていたら23歳になるはずだった」とおっしゃった。
アフガニスタンに兵士として駐在されていて殉職されたそうだ。
テレビで毎週のようにアフガニスタンで殉職した方のニュースがある。
どの顔も若い男性ばかり。
こんなにも身近に起きているのかと思った。

2人目の方も老婦人。
来週の月曜日にフリージアの花束12束と白のバラを1束のご注文だった。
お友達が亡くなられたそうで火曜日のお葬式用の花だそうだ。
亡くなられたお友達とその女性はよく私の働く花屋に
花を買いに来てくれていたそうで
亡くなられた女性はいつもフリージアを買っていたそうだ。
じゃ私もその方の顔を見ればあの方だとわかりますねと言うと
「いつもここのフリージアが好きだったので
お葬式のお花はここに頼もうと決めたの」とおっしゃった。
身の引き締まる思いがした。
 
3人目も方も老婦人。
青果部にいるニールが彼女を連れてきて
バラを一輪だけほしいと言う。
全ての花は束売りになっているのでばら売りはできない。
事情を聞くと小さな子供さんのお葬式に行くそうで
バラを一輪だけ持ってきて欲しいと言われたそうだ。
安売りにしたばかりの赤いバラがあったので
もしこれでよかったら無料で一輪さしあげますと言うと
ほっとした顔をされた。
セロファンでラッピングしながら小さなお子さんだったんですかと
たずねると8歳だったとおっしゃった。
そのあと涙がこみ上げられたようで言葉が詰まってしまった。
これ以上お話しを聞いてはいけないと思って私は黙った。

いつもお客様の喜ぶ顔を見るのが私の励みになる。
しかしこういう切ない花もあるのだ。

ピンクの長靴

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よく行くLidlのスーパーは週変わりで色々なものを売っている。
今週行ったらハーフの長靴を売っていた。
裏庭に出るときに使っていたサンダルがだめになってしまった。
クレタ島へ行ったときに買ったお土産だった。
12年も履いていた。

ピンクの長靴を買った。
雨が降っても大丈夫。
まだピカピカ光ってて履くのがもったいないような気がする。

ライトグリーンとピーチのブレスレット

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このライトグリーンのビーズも何年も前に買ってあった物。
緑系はあまり身に着けないので使っていなかった。
淡いピーチとあわせたらいいかもと思い使ってみた。
編み方はオープンフレームのライトアングルウィーブ。

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寒い3月

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これは一昨日の写真。
この日は風が強く晴れ間が出たかと思うと
急に暗くなって雪が降った。
故郷の冬の日を思い出す。
今年の北海道の冬はかなり荒れていて
こんな雪なんてなんてことはない。

母が電話で毎日朝起きて雪を見ると憂鬱になると言っていた。
もう3月なのに今年の北海道の春は遅くなりそうだ。

お花屋さんの母の日

今日はイギリスの母の日だった。
いつもバレンタインより忙しいので予想していたが
やはり忙しかった。
ラッピングサービスも浸透してきて
ラッピングを待つ列ができた。
バレンタインの時は奥さんとお母さんにと
一人で2つの花束を頼まれたのは一人だった。

母の日は二つの花束を頼むお客さんが結構いた。
日本は母の日の花はカーネーションの印象が強いが
こちらは色々な種類や色の花を使った。
お母さんの好きな色でとお願いされることもあった。

日曜日の閉店時間は4時だが
最後のお客さんの花束を仕上げたら4時半になっていた。
もう疲れたので今晩は早く寝ようと思う。
これでお花屋さんの忙しいイベントは済んだ。

ブライアン

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前回夫を釣掘に迎えに行ったら悲しいニュースがあると言う。
ブライアンが1月3日に亡くなったと。

ブライアンは釣掘を手伝っていたスタッフ。
年のころは夫と同じくらいで50代だった。
この釣堀に通いだして3年近く経つ。
夫とブライアンはすぐに仲良くなったようだ。
でも最初の頃、夫はブライアンのことをジョンと呼んでいた。
ブライアンは何も言わなかったようで
他の客がブライアンと呼んでいるのを聞いて
夫が間違いに気づいた。
ブライアンはそんなことを気にすることもない気さくな人だった。

釣りに行くと半日はいるので2人はよく話をしていたようだ。
夫の送り迎えをする私にも必ず声をかけてくれた。
迎えに来なくてもいいよとか
置いて行っちゃえばいいのにとか
真っ黒に日焼けした笑顔だった。

去年あまりブライアンの姿を見なくなったので
夫が釣堀のオーナーデイブに聞いたところ
癌が見つかったと教えてくれた。
予想していなかった答えだった。
釣堀に行くたびにブライアンの姿が見えなくて寂しかった。

今年の初釣りは1月4日だった。
その日もブライアンはどうしているかなと話していたが
その前日に亡くなっていたのだ。
その日は釣堀を管理している人が誰もいなかったので
ブライアンのことは知らなかった。

夫が言っていた。
この年になってから新しい友達を持てるのは難しい。
せっかくブライアンと知り合ったのに
失ってしまうのは本当に悲しいと。

ブライアン、安らかにお眠りください。

赤いすずらん



以前作った紫すずらんのネックレスが実際に身に着けてみると
すずらんが多すぎてくどい感じがする。
作り直そうかなと思ったが違った色合わせで作ってみた。
すずらんの数を半分にしたらすっきりしてこれはこれでいい感じ。

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一昨年ビーズの雑誌に私の応募した作品が載ってから
ウエブ上でお店を持ちたいなと思い始めた。
去年の年頭に実現できたらなと思っていたが
疲れやすくなり体調が優れなかったので無理だった。
去年の秋頃から体調も良くなりビーズの虫が騒ぎ出した。
ひょんなことからEtsyを知った。
Etsyとはハンドメイドの作品を専門に売買する
アメリカのショッピングサイト。
これなら私のお店も持てそうだと思い
去年の暮れ辺りから準備して先月初めに
お店をオープンすることができた。

お店の名前を決めるときに妹のことを思った。
ほぼ同じ頃にビーズを始めたので
いつも2人でビーズの話をしていた。
妹は多くのビーズを遺していた。
亡くなる3ヶ月ほど前にまとまったビーズを買っていた。
何を作るつもりだったのだろう。
このビーズにほぼ手をつけることなく
妹は逝ってしまった。
妹の遺したビーズは今私の手元にある。
夫にお店の名前に妹の名前を使いたいと言うと
それはいいと言って2人で考えたのが
MISAKO BEADS
妹の遺したビーズが私の手で作品になる。
なんだか2人のお店のように思えて嬉しい。

全て英語ですがよろしかったら覗いてください。
まだまだ品数が少ないのですが。

老人保健施設

父が老人保健施設に入って1ヶ月あまりが過ぎた。
1年以上前に母がこれ以上父の面倒を看るのが
体力的に限界にきていると相談された。
母はあまり泣き言を言わないのだが
何かを口にしたときは本当に限界にきている。
遥か異国に住んでいる私はすぐに日本に帰ることはできない。
ここ数年は夫の怪我で私の仕事で家計を支えているので
安易に仕事を辞めて日本に帰ることもままならない。
すぐに両親がお世話になっているケアーマネージャーさんに
連絡を取って相談に乗ってもらった。
ケアーマネージャーさんの出してくれた案は
1、特別養護老人ホームへ申し込みを始める。
  これは待ち時間を考えなければならない。
2、特別養護老人ホームの空きが出るまで
  老人保健施設に入所する。
3、救急処置としてショートステイで何日か
  父を預かってもらう。

母に3つの案があることを説明すると
八方塞ではないと安心したのか
まだ限界と言うわけではないので
もう少し頑張れると言った。
それでも特別養護老人ホームの申し込みだけは
しておいたほうがいいと思い。
叔父とケアーマネージャーさんに手続きをお願いした。

昨年里帰りで実家に帰ったときの父は
やはり認知症が進んでいた。
それでも母はまだ大丈夫と言っていた。
元旦に母に電話をしたときは元気だったのに
7日に電話をしたらもう限界だと
涙声になっていた。
特にひどくなったのはお手洗いだ。
母は1日に3度も4度もトイレ掃除や
洗濯でクタクタになっていた。
母はストレスか風邪だったのか
食べたものを戻すようになった。
これは本当のSOSだと思いすぐに
ケアーマネージャーさんに連絡を取った。

まだ特別養護老人ホームの空きはないが
両親が通っているデイケアーと同じ施設に
老人保健施設があり
そこにタイミングよく空きが出たので
手続きが終わればすぐに入所できることになった。
叔父とも相談してすぐに話を進めてもらった。
父はお手洗い以外にも座っている椅子から
ずり落ちて一人では起き上がれなくなったり
ストーブの前でつまずいて火傷しそうになった。
もう24時間の介護が必要なのだが
それを母一人に負わせるの無理過ぎる。

ケアーマネージャーさんからメールで朗報をもらったと
起きてきたばかりの夫に言ってパソコンに向かっていた。
すると夫の様子がおかしいので見てみると泣いていた。
泣いてるのと聞くと私の父や母のために
施設に入るのがいいのだとわかっているのだけど
やっぱり父が不憫だと言って涙を拭いていた。
私は現状を何とかしなければとそれだけを考えていたが
夫の涙を見てこっちまで涙が出てきた。
しかし感情的になってはいられない。
私ができることを異国からしなければと思った。

父は一目ぼれかと思うくらい夫に会って
一目で夫を大好きになってしまった。
言葉は通じないのに夫も父を好きになった。
夫は父はいないものとして生きてきた。
だから無条件に夫を愛する私の父を
夫も好きなのだと思う。
イギリスの老人ホームしか知らない夫なので
あまりいいイメージがなく余計父を不憫に思うのだ。

娘として私も父を不憫に思う。
やはり母と自宅にいたいのが父の本意だと思うが
それでは両親共倒れになってしまう。

様子を見る3週間が過ぎてから経過報告を受けた。
父は昼夜とも失禁することはなく
食欲もあり施設での生活に馴染めているそうだ。
報告を受けて安堵した。

この施設は理想的だった。
デイケアーと同じ施設なので顔見知りのスタッフがいる。
週に1度デイケアーにいく母が父に会いに行ける。
ケアーマネージャーさんがとても信頼できる方だ。
父と会ってきた母も顔色がよかったと安心してた。

四人家族だった。
私が最初に実家を出てその後妹が亡くなった。
そして父を施設に入れてしまった。
今はあの家に母が一人になってしまった。
父は昔から母の話し相手にはならなかったが
それでも母にとって一人は寂しいだろうと思う。

涙していた夫を見て思った。
私は現実的だと。
感傷的になってもすぐに現実に戻って
次に何をすべきか考えてしまう。
昔からそうだったかもしれない。

そして今回取った選択は間違っていないと思っている。