続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

2013年01月 の記事一覧

メモリーワイヤーを使って

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chenilleステッチを使って編んだロープに
メモリーワイヤーを通して両端に
ひび割れ模様のガラスビーズを使った。
これなら手首の太さ細さにかかわらず
誰でも着けられる。

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思いやる気持ち

先週仕事に行くとスーパーの入り口で見覚えのあるお客様。
60代のご婦人。
どうやら右手を吊っているみたいだった。
どうしたんですかと声をかけると
その前の週のとても冷えた日に氷の張った歩道で転び
右手首を骨折したそうだ。
「ギプスをするとき看護婦さんがどの色がいいかと聞いたので
この色にしてもらったの」とピンクに巻かれたギプスを見せてくれた。
右手なら何もできなくて大変でしょうと聞くと
「夫が結構やってくれるのよ」。
私も4年ほど前右ひじにひびが入ったとき
私の夫も料理をしたりと色々とやってくれたから
こういう時にはどんどん旦那さんにやってもらいましょうと
話しているとご主人が買い物のカートを押しながらやってきた。
優しそうな顔をしたご主人。
「昨日は髪を洗ってくれたの」と奥さんが言うと
「セットは上手くいかないね」とご主人が目を細めながら言った。

お二人を見ているとこれ以上言うことはない。
お互いを思いやる気持ちが伝わってきた。
素敵なご夫婦。
ごちそうさまでしたという気持ちになった。

チャゲ&飛鳥



実はチャゲ&飛鳥のファンである。
彼らのデビューからだから35年近く。
妹も好きでよく2人でコンサートに行った。
イギリスに来ることになって残念だったのは
彼らのコンサートに行けなくなったこと。
私が行けなくなってからも妹が一人で行っていた。
妹が生前最後に行ったコンサートが
飛鳥のソロコンサートだった。

4年前彼らが無期限の活動休止を決めたとき
私はショックだった。
妹も生きていたらショックだっただろう。

2,3日前のチャゲ&飛鳥の再始動のニュースは
本当に嬉しかった。
妹に線香をあげてしまったほど。
コンサートに行ける可能性はないだろうけど
二人のハーモニーがまた聴けるのはとても嬉しい。

60th Birthday



昨日花束の注文を受けた。
60歳の誕生日を迎える女性への花束。
今日午後2時に受け取りに来る。
指定の色は赤で水をキープできるアクアパックで。

今日は深みのある赤の大きめのバラが入荷していたので
それをメインにピンクのオリエンタルリリー、
アストロメリア、マーブルのスプレーローズ、
そして多目の緑の葉を入れた。
楽しみながら花束を作らせてもらった。

残念ながら昼の休憩とぶつかって引き取りに来た
お客さんには会えなかったが
デイブによるとすごく喜んでくれたそうだ。

ちゃんとしたカメラを持ってくれば良かったと思った。

お疲れさま、アン



今日はカスタマーカフェで働いていたアンの最後の日だった。
アンは70歳ちょっと手前。
わがスーパーは定年というのが決まっていない。
ある支店では90歳代でまだ働いている人もいる。
アンは今日を定年する日と決めていた。

デイブは会社から渡す花束を用意し、
私は個人的にフラワーアレンジを用意していた。
アンの仕事が終わる時間に合わせて
カフェのマネージャから連絡が入り
デイブとカフェのキッチンに隠れて待機。
時間が来たのでカフェのスタッフに混じって
お別れの輪に入れてもらった。
お疲れさまとクラッカーを鳴らした。
カフェのお客さんは何が起こったのかと見ていたが
すぐにわかったようだ。
アンはそれぞれと抱き合って別れを言っていた。
10年以上も勤めていたのでこみ上げるものがあったのだろう。
私の番が来たときはアンは泣いていた。
皆でアンを拍手で見送った。
お客さんも拍手してくれた。

アンは私が勤め始めたときにはもうカフェで働いていた。
アイルランド人なので訛りで何を言っているのか
わからないときもあった。
私が入ったときには他にハンガリー人、フィリピン人もいた。
一緒に休憩ととりながらアンは私たちは外国人だねと言っていた。

私が妹を亡くしてから仕事で復帰した一日目
一番最初に会ったのがアンだった。
アンは私の顔を見ると何も言わずに
私を抱きしめてくれた。
アンの優しさが伝わって慰められた。

仕事を辞めたら犬を飼いたいといっていた。
これからは自由な時間を楽しんでほしい。
お疲れ様でした、アン。

クリスへの贈り物

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クリスは仲良くさせてもらっているお客様。
と言うより今は友達と呼べる方。
私が4年前にお花部門に配置換えになってから
すぐに声をかけてくれた。
最初はたわいのない話だったが
そのうちにプライベートなことも話をするようになり
夫が怪我をしたときも親身に話を聞いてくれた。
日本にいる両親の心配事も聞いてくれ
クリスも彼女の病弱な夫のことなど話し
友達のような感覚になっていた。

去年の秋口にクリスが目の下の鼻の所にできものができて
これがとても気になると言っていた。
見た目には小さな吹き出物にしか見えないのだが
クリスはちょっと嫌な感じがすると言って
医者に診てもらった。
医者はたぶん大丈夫だと思うけどとは言ったが
細胞を検査に送ってくれた。
ところが検査の結果皮膚がんと判明。
それからクリスは専門医に診てもらい
治療を開始することになった。
しかしそれが何時なのかはっきりしなかった。
クリスはほぼ毎日買い物に来るので
そのたびに不安を口にしていた。

最初の結果が出るまでに2週間かかり
それから何時治療が始まるのか待たされいた頃は
明るくは振舞っていたもののクリスの表情から
不安が読み取れた。

12月に入ってようやく治療が始まった。
癌の部分への放射線治療。
10日間毎日患部に10分間放射線を当てる。
クリスマス前に治療が終わった。
まだ治療の結果は先だがクリスの
以前の明るい表情が戻った。

不安と戦っていたクリスの勇敢さを称えたくて
ビーズを贈りたいと思ったが
クリスマスプレゼントには間に合わなかった。
先日の10日ほどの休暇を使ってネックレスを作った。

いつもクリスが身に着けている服の色と
プラチナブロンドのショートカットに似合うようにと
考えた色合わせ。

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日曜日に買い物に来たクリスにネックレスを渡した。
癌と戦った勇気を称えてと言うと
クリスは泣きそうになってしまった。
翌日ネックレスを着けてお店に寄ってくれた。
これから町で友達と会うから自慢してくるわと言っていた。

誰かを思ってビーズを作るのは完全な私の自己満足なのだが
気に入って身に着けてくれるともちろん嬉しい。
それ以上にクリスに笑顔が戻った事が嬉しい。

雪です



2週間近くあった休暇を終えて今日仕事復帰第一日。
昨晩から雪。
なぜ休暇中じゃなかったのと思いながら出社。
駐車場の隣の車が雪に覆われていた。
道産子の私にしたらたいした雪ではないが
この雪でイギリスでは空港が閉鎖になり
多くの学校が休校。
一番喜んでいるのは子供たちかな。

ビーズ用の糸

13年ほど前にビーズを始めたと時参考にした日本のビーズに関する本は
テグスを使うものばかりだった。
手本を見て素敵に編みこんであると思い作ってみたが
出来上がってみるとテグスが硬すぎて着けてもしっくりこない。
ネックレスの保管の仕方が悪いとすぐに形がついて元に戻らない。
それからテグスを敬遠して鎖を使ったりTピン、9ピンを
使う作品が増えた。
イギリスで手に入るアメリカのビーズ雑誌「Bead&Button」を好きで
時々購入していた。
手の込んだ素敵な作品はほとんどが糸と針を使って編まれていた。
私が挑戦するには難しすぎると手を出していなかった。
2年前にやってみようと決めた。
難しかったが出来上がりがとてもよかった。
身に着けるとしっとりとなじんで嫌な感じがない。
それ以来オフルームと言われるこの方法でやることが多くなった。

糸は色々種類があるが代表的なのがNymo。
一番柔らかい糸でコンディショナーを付けて扱いやすくする。
この糸は色が豊富なので使うビーズで色を使い分けている。
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Nymoはスワロスキーや鋭角なビーズには切れやすい。
強い糸が必要なときはWildfireを使う。
とても丈夫なのだが白、黒、モスグリーンと3色しかない。
さらに値段が1ポンドちょっとのNymoに対して
7ポンドもするので毎回は使えない。

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ネットステッチの花。
紫系の花はNymoを使ってちょっと柔らかく仕上がってしまったので
もっと硬めにと久しぶりにテグスを使ったのが赤い花。
かなり硬めにできた。
Wildfireを使ったら丁度良さそうだが
3つ目に挑戦する気力はもう無くなってしまった。

ネットステッチでお花

週末冷え込んできて昨晩は予報どおり雪が降り出した。
今朝は積もった雪が見られるかと思ったが
朝方から雨に変わったようで融けていた。
イギリスの各地では雪が積もっているところもある。

休暇中なのでビーズ三昧。
ネットステッチで作っておいたアメジスト色のお花を
ネックレスに仕上げた。



Nymoという柔らかい糸を使ったので
花の張りがちょっと弱かった。
展開図を見ながら目を増やしたり減らしたりと
なかなか頭を使うステッチだった。

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チェリーブランディ



新たな楽しみ。
アプリコットブランディが無くなったので
今回はチェリーブランディにしてみた。
こちらは甘みが抑えてあってチェリーの甘酸っぱさがきいている。
こちらも美味しい。
しばらく食後のお楽しみとして続きそうだ。

ポットロースト



7日から10日ほどのお休みでのんびりさせてもらっている。
こんなときはスローフード。

昨晩我が家の食卓に上がったのがポットロースト。
簡単でとても美味しい。
夫の大好きなメニュー。
ルクルーゼの鍋にキャベツ、じゃがいも、マッシュルームを入れ
その上に肉の塊を置いて白ワインを50ccほどふりかけるだけ。
あとは蓋をしてオーブンにお任せ。
150度で2時間、その後扉を開けずにオーブンを止めて
そのまま1時間置いて出来上がり。

お肉はナイフがいらないほどほろほろと崩れる。
キャベツはトロトロ。
じゃがいももうまみを吸って美味しく煮えている。

お肉は何の塊でもいいようで味が付いていない物は
塩を振って一晩寝かせいてから使う。
我が家では最近Lidlのマリネされた豚肉を使っている。

3時間かけて作っても夫があっという間に食べてしまう。

誕生日



今日は友達の誕生日。
彼女は24歳から年をとらない。
彼女とは18歳のとき専門学校で知り合い仲良くなった。
仲良し5人組で社会人になり20代前半を一緒に過ごした。
彼女はどこかお姉さん的などっしりとしたところがあり
私を含め他の4人は相談事がある個別で彼女に話を聞いてもらっていた。
仲良し5人組ではあったけど彼女はそれぞれの相談事を
他の友達に口外することはなかった。

私ともう一人の友達がオーストラリアへ
ワーキングホリデーに行きたいと考えていたとき
真っ先に賛成してくれたのは彼女だった。
ほぼ30年前海外へ出かけようとしていた私たちに
賛成してくれる人は少なかった。
結婚適齢期に何を考えているのと言われたり
仲のいい友達には心配だから止めて欲しいと言われた。
彼女は喘息を持っていて私たちがオーストラリアへ
旅立つ前は入院していたが
私たちを見送る食事会に病院を抜け出して参加してくれた。
病状がよくなったらオーストラリアに私たちを訪ねようかなと
冗談ぽく言っていた。
オーストラリア行きに理解を示してくれるだけで嬉しかった。

オーストラリアに行ってからは手紙を書いて
実家への電話も公衆電話から一ヶ月に1回しかできなかった。
あの時は現在のように簡単に海外から連絡が取れたり
インターネットで買い物ができたりするなんて考えられなかった。

1985年の新年を迎えた後実家に1ヶ月ぶりに電話を入れた。
母が出るなり「あんたの友達が亡くなったんだよ」と言われた。
誰と聞いてもすぐに母の口から友達の名前が出てこなかった。
あまりのことで公衆電話のコインを入れ続けることできず
電話が切れた。
誰だ誰だと考えながら再度母に電話をかける。
ダイヤルを回しながらその友達のことを思った。
体調が優れなかったのは彼女だけだ。
でも喘息は死に至る病気だとは思っていなかった。
電話が繋がると母に彼女の名前を言った。
そうそう、〇〇ちゃんと言われたときは
頭を殴られたような感じがした。

すぐに仲のよかった友達に電話すると
事情を説明してくれた。
新年会があり彼女は職場の友達と出かけて
その友達とアパートに戻ってきた。
そこで喘息の発作が始まってしまい
その友達が救急車を呼ぼうかと聞いたが
タクシーで大丈夫と言ったそうだ。
その友達がタクシーを拾いに行っている間
彼女はすぐにタクシーに乗れるようにと
身支度をして玄関先で待っていたが
その時にまた発作が始まった。
友達がタクシーを拾って戻っていたときには
アパート前で倒れていて意識がなかった。
直接の死因は喘息ではなかった。
発作を起こしたときに嘔吐してしまい
それが喉を塞いで窒息。

彼女の誕生日は1月9日。
私が送ったバースデーカードは
お葬式の日に届いたそうだ。

あれから30年近い月日が経ってしまった。
彼女は私の中では今も24歳。
私が彼女の世界へ行ったらわかってもらえるかな。
24歳のままなんてずるいと冗談が言い合えるだろうか。

美輪明宏

じゃらしさんがブログで紅白歌合戦の
美輪明宏さんの歌に触れていたので
どんな風だったのだろうと気になった。
Youtubeで見ることができた。
すごい表現力で一人芝居を観ているような感じで
惹きこまれてしまった。
途中から涙がこぼれてしまった。
すごい人だと思った。

美輪さんにまつわる話を思い出した。
昔陶芸を習っていた。
今も先生にはお世話になりっぱなしで
飲み会生として残らせていただいている。
飲み会もよくあってほとんど参加させていただいた。
陶芸で身を立てている先生のところに集まる人は
普段の生活ではなかなか出会えない人ばかりだった。
その中の一人で短い間だったが
アメリカ人だったかカナダ人だったか今は定かでないが
日本語の上手な女性が陶芸を習いに来ていた。
飲み会の時に美輪明宏の歌を生で聞いた話をしてくれた。

場所はヨーロッパでパリだったかドイツだったか
これもうろ覚えだ。
彼女が美輪さんのシャンソンを聞いて素晴らしくて感動していた。
その時熱唱していた美輪さんの片方の付けまつげが
取れかかっていた。
それを取るともうひとつの付けまつげもむしりとって
何事もないかのように歌を続けた姿が
さらにすごかったといっていた話を思い出した。

初ビーズ

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今年初のビーズはヘリンボーンステッチで編んだブレスレット。
ヘリンボーンは確かいわしの骨と言う意味。
このコバルトブルーの丸小ビーズはビーズを始めた頃に買った物。
どのビーズをどれだけ買っていいのもかわからず
とりあえず買ったのだがなかなか出番がなかった。
ルビーレッドとあわせたらどうかなと思いつき実行。
結構いい取り合わせになったかな。

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懐かしい再会

昨日仕事中に男性のお客さんが話しかけてきた。
「2、3年前にザキントス島へ旅行に行きませんでしたか?」。
なんとなく顔に見覚えがある。
「モニカのバーで」と言われて思い出した。
2009年にザキントス島へ行った時
毎晩ホテルに戻るとホテルのモニカのバーへ寄っていた。
モニカは客同士を紹介してくれて
すぐに仲良くなれる機会を作ってくれた。
デイブだ。
夫が応援するラグビーチームのTシャツを着ていて
それで同じ町の出身であることがわかって意気投合。
奥さんだと思っていたジルは妹さんで。
奥さんと来る予定だったその旅行の寸前で奥さんと別れてしまい、
旅行をキャンセルするものもったいないので
妹さんと来ていたのだ。
ほぼ毎晩のようにモニカのバーに集まり
色々な話をしながら楽しいときを過ごした。
最後の夜は10人ほどの仲間で別れを惜しみ
記念写真を撮ったりした。

デイブがジルのこと覚えてる?
この前もジルとザキントスは楽しかったね。
あの二人はどうしているかなと私たちのことを
話していたんだよと教えてくれた。
夫の名前も覚えていて元気かたずねてくれた。

デイブは奥さんと別れていったんリバプールに戻ったが
またすぐ私たちの町に戻ってきたそうだ。
同じ町に住んでいても偶然に会うことは難しい。
たまたま私に気がついてくれて声をかけてくれた。
「ジルにも君に逢えたことを言うから」
夫にもよろしく伝えておいてと。
またねと言って別れた。
こんな再会は嬉しい。
楽しかった想い出が一気によみがえってくる。
家に戻ってから夫とその時の写真を見返した。

New year 2013

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明けましておめでとうございます。
無事に新年を迎えることができました。

大晦日も仕事で朝5時半出勤。
いろんな花束作りから
お葬式用の花瓶への生花と頭も身体も
フル回転でした。
5月から開店した花屋の評判は結構広まったようで
お祝い用からお悔やみ用の花束と多様になってきました。
センスを求められますが出来上がったときの
嬉しそうなお客様の顔を見ると遣り甲斐を感じられます。

今年は健康に気をつけて
趣味のビーズにも時間をかけられたと思っています。

今年もよろしくお願いいたします。