続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

2012年07月 の記事一覧

フラットピーチ

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今年もフラットピーチの時期がやってきた。
日本の桃に近い味だけどとっても甘い。
今年はフラットネクタリンも見つけた。
こちらもとても甘くて美味しかった。
平べったい分、美味しさが凝縮されているのか?

今週はようやく夏っぽくなってきた。
久しぶりに自分で車を洗った。
明日からはまた雨だけれど仕方ないと思っていたが
綺麗に洗って2時間もしないうちに雨が降ってきた。
うーーん、せっかく綺麗にしたのに・・・

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お土産

夫へのお土産。
夫が喜んだのは百円均一の小銭入れ。
そんなに喜んでもらってもと思うほど嬉しがっていた。
安上がり。

それから他に喜んでもらえたのはこれ。
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5Lのトランクス。
カラフルな色に大喜び。
さっそく履いたのはオレンジだった。

ちょっと嬉しいこと

里帰りを終えて仕事に復帰した翌週に
社内にある掲示板に自分の名前を見つけた。
結構目立つものでなんだろうと読んでみると
最近始まったらしい月に一度頑張った社員を
表彰すると言うものだった。
たぶん里帰り前に花束を頼まれたお客様だと思うが
その方が私の花束をとても気に入ったことと
私の接客がとても良かったと支店に電話を入れてくれた。
そのコメントが私を選ぶ理由になったようだ。

仕事はいくら頑張っても会社からはそれ以上を求められ
ストレスもないわけではない。
そんな中でお客様のかけてくれる言葉が一番嬉しい。
これがあるから頑張れると思うこともある。

今回さらに驚いたことは社内でいろんな人に
「おめでとう」「よくやったね」と声をかけられたことだ。
普段話をしたことのない人まで声をかけてくれて嬉しかった。

10年前にやっと配偶者ビザでイギリスに着いた翌日に
夫にあらかじめ申し込んでもらっていた
フラワーアレンジメントのコースを始めた。
夫以外知り合いのいないイギリスで
取り合えず何かを習おうと思って取ったコースだった。
日本ではまったくお花の知識も興味もなかったのに。
入門から始まって3年かけて上級コースまで進んだ。
お花の魅力もさることながら先生だったヘレンにも魅せられた。
とてもよく面倒を見ていただいた。

上級コースを終え、資格も取れたので
フローリストとして職があればと思ったのだが
残念ながらその時は機会に恵まれなかった。

イギリスで最初に就いていた職場が閉鎖となり
職を探したがなかなか見つからず
本意ではなかったが今のスーパーに勤めだした。
今年勤続7年を迎えた。
3年前から花売り場に移動になり
学んだ技術を使うことはなかったが結構満足だった。
ところがこの5月にお花屋さんの話が突然降って沸いた。
そして今自分が学んだことを生かして仕事ができている。
なんだか不思議だ。
お花屋さんでの仕事は無理だとあきらめた時に
まさかこんな日が来るとは想像もしていなかった。

きっと亡くなったヘレン先生が一番喜んでくれているかもしれない。

里帰り2012-歯科

毎年実家の近くにある歯科にお世話になっている。
今年はさらにお世話になってしまった。
話は去年の里帰りに戻るのだが
いつもの歯科にお世話になった時
先生が左下奥歯のブリッジの下の歯に
虫歯があることを見つけた。
毎年通える期間が限られていることを言っているので
先生は時間的に治療は無理なので
住んでいるところで治療してもらうようにと言われた。
去年の7月にイギリスの歯科に連絡を入れたが
まだ登録をしてもらっていなかったので
1ヶ月以上待たされた。
しかしその歯科で私が日本で治療を受けたと言ったら
それが原因で治療を拒否されてしまった。
その後他の歯科を探して登録のし直し
待たされること6ヶ月。
その間に虫歯が痛み出し右下奥歯の
かぶせ物も取れてしまう。
ようやく受けた治療は左奥歯二本の抜歯。
それしか治療法がないと言われた。
その代用になる入れ歯の話もなし。
右奥歯のかぶせ物は作らず詰めただけ。
この詰め物は2回も取れた。
2回目の詰め物が取れたのは里帰りする
2週間ほど前だった。
イギリスの歯科に連絡を取るか迷ったが
今年は3週間の里帰りなので
まずは里帰り中にどれだけ治療してもらえるかに
賭けることにした。

日本の歯科にはイギリスから予約を入れておいた。
まず助手の方が歯のチェックをしてくれた時に
歯を抜いたままにしてある左奥歯を見て
入れ歯はなさらないのですかと不思議がっていた。
そして先生の診察。
去年までのレントゲンを見ながら
私の口の中を見た先生が悲痛な声を上げた。

先生「あの奥歯抜いちゃったんですか?」

私は今までイギリスに住んでいることを言っていなかったが
事情を説明した。
治療を受けるのに6ヶ月以上も待たされ
その間に痛み出したこと。
イギリスの先生に抜く以外に方法がないと言われたこと。
その間に右下のかぶせ物も取れてしまい
詰めてくれたがそれも2回も取れてしまったこと。

先生が最初に言ってくれたのは
「かわいそうにこれじゃちゃんと食べられないでしょう」だった。
私がいつまで歯科に通えるかと言うと
その日のうちに必要な治療の計画を立ててくれた。
入れ歯も作り、かぶせ物が必要な歯の根元に
根幹治療が必要なそうで治療は
帰国ぎりぎりまでになりそうだった。
私は毎日でも来ますと言って治療を始めてもらった。
治療はほぼ毎日1時間位していただき
それは帰国前日まで続いた。

先生は通うたびにあの歯を抜いちゃったんだと
ショックを受けていた。
そして私の変わり果てた口の中を見て
このままイギリスに帰すわけにはいかなと
思ってくれたのだろう。
その何日か後に先生が説明してくれたのは
抜いてしまった左下奥歯二本のうち一本は
確かに虫歯であったが
治療すれば抜く必要はなかった。
歯の根さえ残っていれば銀歯を入れるなどできて
入れ歯は必要なかったと。
先生にしたら根さえ残っていれば
何とかできたのにと残念でしかったなかったようだ。

治療の期間半ばくらいでどうやら
目途がついたようで先生がほっとしていた。
新しいかぶせ物も入れ歯も急がせて
注文してくれたようだった。
先生も受付の奥様も助手の方々も
本当に一生懸命やっていただいてありがたかった。
去年の11月にかぶせ物が取れてから
まともに噛み砕くことができなくなっていたので
入れ歯とかぶせ物が入ってちゃんと
両奥歯で物を噛めるようになった時は
嬉しかった。
皆さんが一丸となって私が上手く食べられるようにと
手を尽くしてくださった。

治療最後の日には皆さんにお礼を言った。
先生がまだ気になる歯はありますが
来年治療しましょうと言ってくださった。
この日イギリスからのお土産を手渡した。
チョコレートと紅茶。
奥さんに歯には悪いと思うのですがと言うと
いえ、喜んでいただきますと言っていただいた。

本当にありがとうございました。
いま食べられる幸せを噛み締めています。

追記
最初の治療の日に先生が私の口の中に見つけたものは
抜歯した歯の破片だった。
自分でも歯茎の表面に固いものがあるとは思ったのだが
まさか破片が残っていたとは。
抜歯の4週間後に抜歯あとのチェックをしてもらっている。
日本の先生がピンセットで取って見せてくれた。
同じ歯科医として先生のほうが驚いていたかもしれない。

里帰り2012-食べ物

今年の母は去年より一段とパワーアップした感じだった。
父の介護もあるので弱ってはいられないのだろう。

ある日の朝食。
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母の作る朝食は量がある。
この朝食を食べ終わる頃にはお腹がはちきれそうになる。
母の元気の元はこの朝食なのだと思った。

そんな母と食べ歩きしたのがまずは
かねひろのジンギスカンランチ。
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お肉が柔らかくて美味しかった。
イチゴまるごとアイスのデザート。
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楽しみにしていたなごやか亭のお寿司。
まずはウニとぼたん海老。
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そして大トロ。
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口の中でとろけた。

やはり日本は美味しい。
今年体調を崩しての里帰りだったので
元気な母とその食べっぷりを見て
食べることの大切さを実感した。
イギリスだと何か食べなければと
義務感で食べていたが
日本は何もかも美味しくて身体が喜んでいるのがわかった。

里帰り2012-4

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懐かしいオロロン鳥の像。

友達が羽幌町の甘えび祭りに誘ってくれた。
実は日本を離れる最後の仕事で羽幌町に3年赴任していた。
12年振りに訊ねたことになる。
懐かしかった。

しっかり甘えびもゲット。
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500グラムでたったの500円。
赴任中も海の幸が美味しかった。

町は新しい建物ができたり変わっていた。
職員住宅があった場所に行ってみると
建物はすでに取り壊され野原になっていた。
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最後はサンセットビーチへ
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友達に感謝。
彼女が誘ってくれなければまた羽幌に行くチャンスはなかったと思う。
そして丸一日2人でいろんな話ができて楽しかった。
これからも頑張ろうね。

勝訴

今日は夫の傷病手当に関する略式裁判の日だった。
話は遡って去年の11月になる。
夫は傷病手当を受けるにあたって一年に一度
メディカルインタビューを受けなければいけなかった。
一昨年に初めて受けたインタビューは看護婦によるものだった。
問診と簡単な触診。
その時はまだ働ける状態ではないと認められた。
去年の11月にまたメディカルインタビューを受けなければならなかった。
9月にようやく検査手術を受けた夫の状態は
一昨年のインタビューの時よりも悪かった。
近所のコンビニにも歩いて買い物に行けず
靴下や靴を履くのも私が手伝っていた。
その時の結果が1月年明けに届いた。
結果は目を疑うものだった。
夫は肉体労働をするにもまったく支障がないので
傷病手当を打ち切るというものだった。

すぐにかかりつけの医者に相談すると控訴したほうがいいと
アドバイスとシチズン・アドバイス・ビューローの
連絡先を教えてくれた。
実は一昨年イギリスの政権が変わってから
新しい政府は福祉、医療費、教育費の予算をどんどん削りだした。
そのおかげで傷病手当を打ち切られる患者が増えている。
シチズン・アドバイス・ビューローはそういう弱者のために
控訴の手続きを無料でやってくれるので
その助けを受けすぐに控訴した。

控訴の準備に去年のメディカルインタビューの
結果を取り寄せたところ嘘ばかりが記入されていた。
趣味は釣りだが家にいると欝っぽくなるので
医師が気分転換に釣りに行ったらどうだと助言された。
それで友達が身体障害者も釣りができる釣り掘りに連れて行ってくれたが
2,30分で膝が痛くなり友達にすぐに家に送り届けてもらった。
それが1回だけだといったのに対して
その答えは暇があれば週に何度も釣りに行っているだった。
もうひとつは膝の曲がり具合。
触診のときインタビューの看護婦は曲げられるところまで
膝を曲げて見せるように言った。
一度も角度を測らなかったのに問題なく膝が曲げられて
130度という数字まで入っていた。
しかしリハビリに通っていたときリハビリ士が
毎回特別の定規を使って夫の膝の曲がり度を測っていたが
曲がっても110度くらいが最高で130度にいった事は
一度もなかった。
とにかく夫が答えた質問の答えは全て
彼らの都合のいいように書かれていた。
この結果には夫の手術の担当医も腹をたて
この控訴に主治医としての見解を書いてくれた。

その略式裁判が今日だったのだ。
夫は一昨日くらいから裁判のことでナーバスになっていた。
昨日は寝れなかったようだ。(私はぐっすり寝ていた)
今週初めに夫は裁判所に車で行って駐車できるかとたずねたが
障害者バッチがないとだめだと言われた。
離れたところにある駐車場から歩くのは
夫にとっては無理なのでタクシーで行こうと話していた。
すると今朝裁判所から電話が来た。
内容は2時に予定されていた裁判を1時からに
早めることは可能かというものだった。
夫が承諾すると数日前に駐車のことで電話をしたかと聞かれたので
そうだと言うと障害者バッチがなくても駐車できるように
守衛に連絡しておくと言われ車のナンバーを教えた。

全ての書類を揃えて裁判所に向かった。
雨の中言われたとおりに裏口の駐車場に向かった。
そこにインタフォンがあって言われたとおりに夫の名前と
車のナンバーを伝えた。
インタフォン越しに守衛は障害者バッチはあるかと尋ねた。
私がないが今朝車を停められるように守衛に連絡しておくと言われたと言うと
何も連絡を受けていないので門を開けることはできない。
路上に止めて歩いて裁判所に入るように言われた。
私の様子を見てた夫が車から出てきて
インタフォンで守衛に説明したが同じことを繰り返すだけで
結局遠回りをして歩きながら裁判所に行くしかなかった。

夫は何度も立ち止まりかなり時間がかかった。
裁判の15分前までには着いていなければならなかったが
やっとのことで着いたときは5分前だった。
出迎えた女性は今朝電話をしてきた女性だった。
彼女に遅れた事情を説明すると
彼女はちゃんと守衛には連絡を入れておいたが
実は夫が初めてではなく何度もこういうことが起こっているそうで
侘びを入れられた。

やはり13日の金曜日かと思えるような出だしだった。
裁判室4に入るように言われた。
部屋には一段高いところに裁判員と医師がいた。
そして私たちを案内した女性がその前に座り
私たちは彼らに面して座る形になった。

最初に医師からメディカルインタビューに関する質問があり
夫が質問に答え嘘の結果を正す形になった。
その後裁判員もいくつか質問をし、最後に
夫が言いたいことをたずねられた。
夫は今まで誰も自分の言うことをきちんと聞いてくれなかった。
ずっと嘘つきのように扱われた。
夫はちゃんと自分の言う真実を聞いて欲しいそれだけですと言った。

判決が出るまで待合室で待つようにと言われた。
どのくらい待つのだろうと思っていたら
割と早く呼ばれまた裁判室に戻った。
私たちの机の上に一枚の紙が乗っていた。
裁判員が夫の名前を読み上げ
「あなたは勝訴しました」と言った。
私は夫の言葉を待っていたのだが黙っている。
あれと思い隣にいる夫を見ると目頭を押さえていた。
いろんな事が夫の頭の中を巡ったのだろう。
まったく理不尽な報告をされて怒りをぶつけようにも
相手は政府の息のかかった団体。
その姿を見て私もちょっと目頭が熱くなった。
夫はやっとのことでありがとうございましたと
礼を言って部屋を出た。

結果としては支払いを止められた1月から4月までの
傷病手当が支給されるだけでたいした金額ではない。
政府が規則を変えたので今までずっともらえていた人も
この4月からは1年傷病手当をもらったものは打ち切りになった。
どんなに重い障害を持っていてもだ。

でも私たちには、特に夫にとっては
この裁判に勝ったことはとても大きなことなのだ。


里帰り2012-3

里帰り1週目の体調は最悪だった。
一度イギリスで診てもらった咳はまたぶり返し
時差ぼけも加わって家事や買い物を手伝う以外は
実家で身体を休めていたようなものだった。
咳が止まらないのを母も夫も友達も心配して
医者にかかるようにすすめられた。

内科に行きレントゲンを撮ってもらった。
体温が37度もあったが微熱があるとは自分で気づいていなかった。
きっとこの微熱はずいぶん前から続いてたのだろう。
レントゲンには心配するものは見られないと説明されてほっとした。
咳止め、うがい薬、念のために抗生物質を処方された。
イギリスで診てもらったときは抗生物質しか出されなかった。
特に心配する症状はないと言われた事が一番の薬になった。
やっぱり日本の医療を受けられるのはいいと実感した。

そんな一週目だったが楽しみにしてた学生時代の友達との
恒例の飲み会がタイレストランであった。
一週目は陽は射していたものの暑いと思える日はなかった。
しかし飲み会の日はかなり暖かく感じられた。
その日は4人で会う予定だったが仕事から直行する2人の
友達より先にもう一人の友達と午後先に落ちあった。
札幌駅で待ち合わせをして大通りまで歩いたらのどはカラカラ。
まだビヤガーデンはやってないしと言いながら
大通り公園近くのコンビニに寄った。
結局2人が買ったのは缶ビール。

まずはテレビ塔を肴にカンパーイ。
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この友達とは大学時代よく昼間から青空の下で飲んでいた。
春は花見から始まり自転車でいろんな所へ行き
2人でよく缶ビールで乾杯してた。
天気のいい日に昼間から飲む贅沢。
その頃の思い出話を肴にまたまた美味しいビール。
夜は4人が揃い毎年お世話になるタイレストランへ行った。
やはり大学時代の思い出話、4人で行ったタイ旅行の話で
話は尽きることなく盛り上がった。
このレストランも10年以上もお世話になっている。
今年もありがとうございました。

そして毎年寄せていただく陶芸の先生。
もうお世話になって20年以上になる。
最初は陶芸を教えていただいていた。
そのうち仕事で札幌を離れることになってからは
飲み会生徒として残していただいた。
イギリスへ行ってからも毎年呼んでいただいている。
先生や仲間で美味しいお料理をいただく。

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食器はすべて先生の作品。
今年もありがとうございました。

酔っ払い

昨日の私の仕事が終わる15分くらい前のこと。
40代半ばくらいの男性がフラワーショップに入ってきた。
観葉植物の知識はあるかと聞かれたので少しならと答えた。
室内に飾る物が欲しいというのでその陳列棚に案内した。
トロピカルプラントを指差してあれが欲しいと言うので
よく見えるように見せるとオレンジの花の付いたものを2つ選んだ。
ピンクもありますよと見せるとそれも欲しいと言う。
3つですねと言いながらその男性からプーンと
お酒のにおいがするのがわかった。
よく見ると足取りも怪しい。

レジに案内して会計を始めると
その男性は私が破れたラッピングを直そうと
作業台に置いてあったスプレーローズの花束を見て
その破けたラッピングも欲しいと言う。
「これでいくら?」と聞く合計を答えている間に
ディスプレー用に飾ってあった大きな花束が目に入ったようで
男性「これ売り物?」
私「ハイ」
男性「じゃこれも、で、いくら?」

次にレジに置いてあった飾り用のカランコエのミニ鉢2つと
小さな花瓶に入ったお花も「これもこれも」。

私は途中で不安になってきた。
本当に払ってくれるのか?
この人は自分が今買い物をしているのを理解しているのか?
幸い彼の状態が変だと感づいた警備員が
すぐそばでその男性を見ていてくれたので続けることにした。

男性「全部でいくら?」
私「40ポンド12ペンスです」
男性は握り締めていた20ポンド札2枚と
ポケットから20ペンスコインを出して渡してくれた。
つりを渡してすべてをもちやすいように袋に入れて
両手に持たせてやった。
大丈夫ですか?全部持てますか?とたずねると
大丈夫、大丈夫と千鳥足。

男性が払ったお金は日本円で5千円くらい。
普通の客さんがお花に使うお金は
300円くらいから1000円くらいなので
結構買ってもらったことになる。

何もトラブルがなくこの男性は買い物を終えてくれたが
その後からその男性のことが頭から離れない。
なぜあんな酩酊状態でお花や室内植物を
大量に買っていったのだろう?
酔いが醒めた後自分が買い物したことを覚えているのだろうか?
千鳥足であれもこれもと指差して買っていた姿を
思い出すたび不思議でふっと笑いたくなる。

里帰り2012-2

里帰り2日目にハプニング。
母と食料品を買いに近くのスーパーへ行った。
とても風の強い日だった。
買い物を終え、衣料品も見たいと母が言うので
いったん買った物を車に入れてくると母を残し車へ向かった。
妹が亡くなってから車は処分したので
里帰りするたびにレンタカーを借りていた。
車の所に行って隣に車が停まっていなかった
助手席側が荷物が入れやすいと思ってそちら側に回った。
回りながら運転席側の後ろのドアに縦に5センチ幅くらいの
線がついているのに気がついた。
前日車を借りた時にそんな線付いていたかなと思いながら
荷物を詰めていると運転席側に停まっていて車から
女性が出てきた。
実は私が変だなと思った後部席の線は
その女性が車のドアを開けた途端に強風で持っていかれた
ドアでついた傷だった。

その女性はスーパー内に放送をかけてもらったそうだが
私がレンタカーのナンバーを覚えておらず気が付かなかった。
それでその女性は私が車に戻るまで待っていてくれた。
傷は直しますのでと言ってくれたのだが
レンタカーなので私もどうしていいものかわからず
レンタカー会社と連絡を取って指示を仰ぐことにした。
結局はレンタカー会社とその女性の保険会社とで
解決するので私は気にせず最後の日まで車を借りれることになった。

それにしてもこの女性がいい方で私はラッキーだった。
そのまま知らんふりをして逃げることもできたのに
ずっと私を待っていてくれた。
日本語がおかしくなっている私は
感謝の気持ちを伝えたと思ったのだが
適切な日本語が浮かばない。
口から出てきた言葉は
「ご正直にありがとうございました」だった。

その日電話で夫にその事を話したら
「すごくラッキーだった、イギリスならそんな人はいない。
みんな知らん振りして逃げちゃうよ」と
しきりに感心していた。

白内障

昨日父の目の手術だった。
両目がかなり進行した白内障だった。
去年里帰りしたとき父の視力が落ちているのはわかっていたのだが
そのままにしてイギリスに戻ってしまった。
今年戻ってみると父が手探りで物を探したり
何かを渡そうと顔の前に物を差し出しても手は空を掴んだ。
服を着るとほとんど後ろ前に着ていた。
母に父の目のことを聞くと見えないとは言っているけれどと言った。
認知症が進んだ父の世話が大変なので母はそれどころではなかったのだろう。
週3回通っているデイケアーからも父の目については
何も言われていなかったそうだ。
今回父は高血圧の疑いもあった。
まず内科医に診てもらいその時に目についてたずねてみた。
目は眼科に行くようにと言いながら診察時に目もちょっと診てくれて
目が濁っているので白内障の疑いがあると言われた。
高血圧の疑いは低く、しばらくの間様子を見ることになった。

別の日に眼科へ父を連れて行った。
叔父が以前白内障の手術を受けた眼科を紹介してくれて
当日は叔父も一緒に来てくれた。
やはりかなり進んだ白内障でほとんど見えていない状態だと言われた。
治療は手術しかないと言われ、承諾した。
最初の目は10日後でもう片方はその2週間後。
しかしどちらとも私がイギリスに帰った後になる。
叔父がそれを引き受けてくれた。
叔父も病気の叔母を抱えてるので申し訳ないのだが
言葉に甘えるしかなかった。

夫に父の目のことを電話で報告したときに
「驚かないでね、10日後に手術が受けられるんだって」と言うと
夫は一瞬言葉を失ってびっくりしていた。
「イギリスなら2年は待たされる。
知り合いで8年待たされていた人もいて
その人はその間盲人として扱われていた。
お父さんは幾つだっけ」と聞くので
81歳と答えると
「たぶんイギリスだったらもう年だから
目の手術をする必要はないとやってもらえないかも」と言った。
これが日本の医療だよと言ったら黙ってしまった。

昨日は叔父が父に付き添って無事左目の手術が終わった。
経過はいいようで安心した。

里帰り2012-1

帰国翌日のバッテリー上がり事件でまったく休んだ気がせずに
月曜日から仕事に復帰して3日間働いてようやく2連休。
なんとも6週間ぶりの晴れだそうで夫に釣りのご褒美をあげた。

ゲイのボス、デイブは私が帰ってきたので大喜び。
私がいなかった3週間は大変でストレスでおかしくなりそうだったけど
Kemmiが帰ってきたから私はもう大丈夫だわと言ってくれた。
昨日お休みだったデイブがお姉さんと一緒に買い物に来ていて
お姉さんに私を紹介してくれた。
かなり男っぽいお姉さまでこの姉弟は身体を間違って
生まれてきたのかもしれないと思ってしまった。

今年の里帰りはKLMオランダ航空を使った。
実家の北海道へ飛ぶ便が羽田発しか取れず
成田から羽田まで移動しなければならなかった。
日本についてからは眠くて仕方なく
乗り物に乗るたびに暴睡していた。

ようやく千歳にたどり着いた。
毎年空港内のホテルに泊まるのだが
今年はよさこいとぶつかって満室で取れなかった。
そこで友達が教えてくれた空港内の温泉宿泊施設を利用した。
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万葉の湯。

好きな浴衣が選べて部屋もこじんまりとしてよかった。
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廊下もいい雰囲気。
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疲れ果てた身体に何年ぶりかの温泉は気持ちが良かった。
中には食事処もあり、私は海鮮丼と生の中ジョッキを注文。
出張で来ていた風のサラリーマンにまぎれて
冷たいビールをクーっと一息。
なんだか生き返る気分。
翌朝も朝食が付きセルフサービスだったので
私は自分の好きなものをお皿へ。
納豆、大根おろし、漬物、塩辛、ナスの煮浸し。
あまりも美味しくてご飯を2杯も食べてしまった。
温泉と朝食付きで1泊6000円。
2人ならは8000円だそうでかなりお得だ。
すっかり気に入ったので来年もぜひお世話になりたい。

今回の里帰りは帰国前の数週間体調を崩していたままの帰国で
身体がかなり疲労困憊していた。
最初の週は時差ぼけと体調不良で身体を休めるだけだった。

帰ってきたけれども

昨晩イギリスの我が家に帰ってきた。
実家での最後の週はやっと夏がやって来て
連日夏日で28度までいった日もあった。
つかの間の夏を楽しんでマンチェスター空港に
降り立ったらやはり雨だった。
夜の気温は12度。
イギリスの6月は観測史上最悪で
各地で洪水、床上浸水の被害に見舞われていたそうだ。
私がいなかった3週間の間で天気が良かったのは
3日くらいであとは毎日雨だったと夫が言っていた。

我が家の車は3週間の間にバッテリーがあがってしまった。
近所に住む夫の友達がバッテリの充電をしに来てくれたが
エンジンがかからない。
夫の友達が車を動かしながらエンジンをかけようと
車を押してくれたがこれもだめ。
その友達がさらに近所に住むお兄さんを呼んで
色々と試したがどれもだめだった。
やはり新しいバッテリーが必要だという結論に達して
新しいバッテリーを買って戻ってきた。
今度こそとエンジンをかけたがうんともすんともいわない。
お兄さんがもしかしたらヒューズがだめになっているかもと言った。
結局RAC(日本のJAFのようなもの)を呼ぶことにした。
自動車保険にRACも含まれているのだが
自宅前では適用にならないので友達とお兄さんが
自宅からちょっと離れた通りまで車を押してくれた。

RACに電話をしてから約20分後にやってきた。
やはりお兄さんが見立て通りヒューズが飛んでいた。
そしてバッテリーもかなり弱っているそうで新しいのと取り替えた。
3週間ぶりに車が動けるようになった。
夫が友達に助けを求めてから3時間近くかかっていた。

朝食を取るつもりだったのにカフェに着いたときは
もう午後一時半を過ぎていた。

今日はゆっくりと休むつもりでいたのに
朝から寒さに震えながら車を押したりで
帰国翌日がこれでは先が思いやられそうだ。

里帰りはぼちぼちお知らせします。