続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

夫の七不思議

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留守中の出来事

私が日本に里帰り中、毎日夫と電話で話していた。
ある日ビデオ電話が来て夫が興奮した状態で
「見て、見て」と言ってカメラを外に向けた。
窓から見えたのは家の前に道路にレッカー車。
お隣の車がレッカーされている。
「突然レッカー車がやってきてあっという間に
隣の車をレッカーしたんだ」と実況報告する夫。

数ヶ月前にお隣の車に税金を払っていないので
すぐ払うようにと大きなステッカーが張られていた。
その後お隣の奥さんは車を使っていたので税金を払ったのだと思っていたが
そうではなかったようだ。

その同じ週にまたまた事件。
反対隣のお宅にパトカーが3台。
数ヶ月前に30代前半くらいの女性が引っ越してきた。
隣に住む女性と遊びに出かけた娘が帰らない。
娘やこの女性の電話を鳴らしても全く応答がない。
事件に巻き込まれたのではないかと娘さんの父親が警察に通報。
警察がドアをノックしても何の応答もない。
結局ドアを蹴破って家の中に入ると女性と男性の娘は
ベッドで熟睡していた。

なんでKemmiのいない時にこんなことが立て続けに起こるんだと言う
夫の顔は嬉しそうだった。
普段静かな生活に起こった事件。
夫はしっかり楽しんでいた。

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通りすがり

昨晩夕食後ヘリコプターの音がうるさかった。
ずい分低空で同じ場所をぐるぐる回っている感じだった。
近所には大きな公園がある。
夫曰く警察が容疑者や不審者を捜すためにヘリコプターを使うこともあると。
音が気になったので夫に警察のヘリコプターかなと訊くと
夫は早速玄関を開けて空を見た。
どうやら警察らしい。

また戻ってきた音を聞くと夫は子供のようにまた玄関を開けて空を見ていた。
私はパソコンに向かっていた。
玄関先で夫が誰かと話している。
夫「警察のヘリコプターだ」
誰か「本当?」
夫「誰か悪い奴を探しているんだろう」
誰か「へえー」

誰かが去ったあと夫に知っている人?と訊くと
ただ通りかかった人と答えた。

こんなこと日本じゃないだろうな。
それとも夫だからだからかな。

食卓の花

部屋に飾る花は切らさないようにしている。
前々回のカーネーションが途中で折れたものもあったので
短いものを小さな花瓶に挿して食卓に飾った。
その花も枯れてきたので片付けた。
すると夫が「あれ花が無くなった」と言い出した。
飾っていたときは何にも言わなかったのに・・・

なんで片付けてから言うのと訊くと
食卓に花が飾ってあるといいなと思ったので
花が無くなったら寂しくなったと言う。

花なんか飾っていても気付いていないのかと思ったら
けっこう気に入っていたようだ。
ちょうどバラを買ってきたら一本が途中で折れていたので
それを食卓に飾った。
今度はバラだと夫が喜んでいる。

花の名前もよくわからない夫。
それでも食卓の花一輪で喜んでいる。
不思議な人だ。

靴磨き

私の仕事靴は夫が磨いてくれる。
最初は夫の仕事靴を磨くついでに私のも磨いてくれた。
怪我が元で仕事ができなくなった今は
私の靴を磨いてくれる。
夫が子供の頃おじいちゃんがいつも靴を磨いていて
磨かれた靴を履くと気持ちがいいものだと言っていたそうだ。

靴を磨いてくれる夫の顔を見るといつものように
ペコちゃんの舌が出ている。

ブラブラ

夫の昔話。
夫が若かった頃、良くパブに通っていた。
近所のパブは週末になると歌手がやってきてステージに上がる。
歌手が歌い始めると客の一人と思われる老人がビールの入ったグラスを持ちながら
今にも転びそうにヨタヨタしだす。
その老人に手を貸そうとする人やびっくりする人でパブ内はざわつく。
歌手が歌を止めて何の騒ぎだと声をかけると
この老人が「このデブ下手な歌を止めろ」と野次る。
それを受けて歌手が「何だと」と口喧嘩が始まる。
これはこのパブが提供していたちょっとした寸劇だったのがすぐにわかる。

この老人はいつもこのパブにいた。
夫はこの老人が好きでパブにいつも彼が来ているか訊いた。
彼を見つけると元気かと声をかける。
彼はただ「ブラブラ」と答える。
何を聞いてもブラブラとしか答えない。
だから彼の愛称はブラブラとして知られていた
夫も彼の名前は知らない。
夫はいつもカウンターの女の子にお金を払って
「ブラブラに飲ませてやってくれ」と頼んだ。
ブラブラのお酒代を払うのは夫だけではない。
彼を慕う人達がお金を置いていくので
ブラブラはそのパブではお金を払う必要が無かった。
平日ブラブラはパブの片隅で美味しそうにおごられたお酒を飲んでいた。

ある日いつものようにステージの歌手とやり取りをした後
突然その場でノートルダムのせむし男の一場面を演じた。
見事でその場はシーンとなってブラブラの演技を観た。
拍手喝采を浴びるとブラブラは片手を胸に当てて
深々とお辞儀をした。

ブラブラは若い頃は役者だったのだろう。

臆病者

夫は10歳くらいから眼鏡をかけているせいか
目にはとても敏感だ。
目薬を点すのも嫌なのだが不器用なので私が点してやる。
最初の頃は私が目薬を入れ易いように目蓋を開いて
抑えようとすると凄く怯えて怒り出した。
とにかく眼鏡がない状態で何かが目の近くに来るのが嫌だそうだ。

以前夫が話してくれたこと。
若い時仕事中に夫の目にゴミが入ったようで
医者に診てもらいに行った。
夫は診察台に乗っていた。
看護師が医者に用意ができましたと言うと
医者は看護師に
眼球を洗浄するから眼球を取り出してと言った。
この言葉を聞いて真に受けた夫は気を失ったそうだ。
気がつくと医者があれは冗談だったのだけど
まさか気を失うとは思わなかったと謝ったそうだ。

医者が拡大鏡のような物を覗いて
やはりゴミが入っているのでそれを取り除くと言った。
鋭い針の先端のような器具を目のそばに持ってきて
目を動かさずつぶらないようにと夫に言った。
夫は針の先端のようなものが自分の目に近づいてきた途端
また気を失ったそうだ。

何とかゴミを取り除くことはできたが
治療にあたった医者はまさか大の男が2度も気絶するとはと
驚いていたそうだ。

私も若い頃眼科で眼球に刺さっていた金属の破片を取るのに
同じような治療を受けた。
針の先端のようなものが近づくとさすがに怖かったが
気絶まではしなかった。
夫はかなり臆病なのだ。

愕然

昨日夫の処方箋の写しをさがしていた。
いつも保管している所になく
ここはと思われる所を探してた。
夫が私のジャケットのポケットに入っていないかと尋ねた。
無いと言ってもしつこく訊いていた。
あの深緑のフリースだよと言う。
私は深緑のフリースなど持っていない。
私は緑はあまり好きな色ではないので
緑色の服は無い。

私は夫の顔をまじまじと見て
ここ最近私が来ているジャケットの色は?と訊くと
深緑と言う夫。
私が来ているのはダークピンク。
去年の秋日本でユニクロのライトダウンジャケットを買ってきて
ずっと着ている。
3月に日本から戻ってきてからも毎日出かけるときは
ダークピンクのジャケット。
私はびっくりした。
夫は色盲ではない。
2階からジャケットを持ってきて何色と訊くと
ちゃんとダークピンクと答えられた。

以前夫の持っている服の話をしていた時に
その服の色が全然違っていたのでおかしいなと思っていたが
毎日見ている色を勝手に違う色に思い込んでいることに驚いた。

これからは事あるごとに私の着ている物の色を聞いていこうと思った。
まだまだ謎の深い男だ。

8ヶ月ぶりの釣り

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夫はずっと好きな釣りに行けずにいた。
私が日本から戻ってもなかなか天気が良くならず
私が休みに日に限って雨だったり。
ようやく天気が良くなった日と私の休みが重なり
昨日夫は約8ヶ月ぶりに釣りに行った。

釣堀のオーナーだったデイブは去年の11月に突然亡くなった。
夫がオフィスに入っていくと孫息子マイクがいた。
デイブが亡くなってマイクはそれまでの仕事を辞め
2月からデイブの跡を継いだそうだ。
デイブが元気だった頃からマイクは仕事の合間に
デイブの手伝いをしていて夫とも顔見知りだった。
夫はデイブが亡くなった後どうなっているのかと心配していたが
マイクが引き継いだことを喜んでいた。

昨日はとっても天気が良く、沢山釣れたそうだ。
迎えに行くと嬉しそうに言っていた夫の顔半分だけ日焼けしていた。
またかっこ悪い日焼けが始まった。
今年は去年より沢山行けるといいね。

椅子

2年位前から椅子を買い換えたいと夫と話していた。
主に夫の巨体に耐えていた椅子はクッションもペタンコになり
かなりくたびれていた。
椅子を見に行こうと話していてもなかなか実現せず
はや2年ほど経ってしまった。
金曜日に夫が行きたいお店があると言うので
それじゃ行く途中にチャリティーショップで 
中古の椅子を見に寄ってみないと夫を誘うとその気になった。
夫はもう一軒のチャリティーショップにも行こう、
あっちのほうが品数があると言った。

実は夫は買い物が嫌いで色々と見るのが嫌なのだ。
最初のお店に寄ってみるといい感じの革張り椅子があった。
最初乗り気でなかった夫はその椅子を見てからそこを動かない。
値段も50ポンドと安い。
どうするもう一軒行ってみる?と尋ねるともう夫の意志が
固まっているのがわかった。
私も今まで見た中で一番いいと思ったので買う?と訊くと
夫は大きくうなずいた。

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その椅子が今日届いた。
私はイギリスに来てからチャリティーショップを良く使う。
どんな掘り出し物に出会うかわからないが
何かを探しているといつも見つかることが多かった。
友達にKemmiが何かを探していると向うからやってきてくれると
言われたことがある。

革の手入れは夫の仕事になるようだ。

形見

1月4日父の通夜の日に日本に着いた。
友達が迎えに来てくれて実家へ直行。
従弟が待っていてくれて私の喪服や必要な物を持った。
従弟が父の棺に入れる物も持っていこうと言った。
父は腕時計をいつもしてた。
風呂に入るときしかはずさなかった。
腕時計は見つけられず父が好きだった帽子や
ネクタイ、手袋を持っていった。

葬儀も終わり数日経ってふと居間にあるダンボールの中を見た。
このダンボールは9月に父が老人健康施設から
病院に入院したとき施設を退所になり
父の衣類や身の回りの物を返されたものだった。
9月、10月は毎日忙しくダンボールの中は
さっと見て衣類ばかりだと思っていた。
今回見てみると中から小さなポーチが出てきた。
開けてみるとその中に数年前私が買ってあげた
父の腕時計が出てきた。
なんだこんな所にあったのかと思った。
棺に入れてやりたかったなと思いながら父の遺影に供えた。

夫から電話が来たのでその話をした。
すると夫が大好きだったおじいちゃんの形見も
2年前に亡くなったお母さんの形見も何一つない。
もし私が嫌でなければその腕時計を
僕にくれないかと言った。

夫の大好きなおじいちゃんは駅に勤めていた。
駅に戻ってきた列車を馬を使って方向転換する係りだった。
馬の手入れをしていて馬に着ける真鍮の飾りを
いつも家で磨きながら夫に俺が死んだらこれは全部お前の物だと言っていた。
8歳の時おじいちゃんが亡くなって夫がおばあちゃんを訪ねて
あの真鍮の飾り物をもらいにきたと言うと
お前にやるものは何もないと言って他の孫にやってしまったそうだ。
このおばあちゃんは後妻で夫と血のつながりはなかったので
自分の血縁の孫に全てをやってしまったそうだ。

2年前に亡くなったお母さんは高価なものではないが
指輪やネックレスなどを残していた。
これは一番下の弟が独り占めし、他の兄妹に分けることも無く
金目当てに売り払ってしまった。
夫は自分には何もなくてもせめて姉や妹には
指輪の一つずつでも形見に残せたらと思っていたので
この弟とはもう口をきいていない。

父は夫が大好きだったので夫に形見としてもらってもらえたら
こんなに嬉しい事は無い。
父の時計を自分にと言ってくれた夫の気持ちが嬉しくて
涙ぐみそうになった。

この話を従弟にするとそれはきっとそういう運命だったんだよ。
私の夫にもらって欲しくておじさんが隠していたんだよと言ってくれた。

何も持っていなかった父だったが
いつも肌身離さずつけていた腕時計を
夫がもらってくれたのは何よりの供養だと思う。