続イギリスで始めたこと

2001年からイギリスに住んでいます。 人生何があるかわかりません。思いもしなかった異国暮らし。 日々の生活の中で思うこと、発見したこと、出来事などを書いています。

ジルの車

先週からとてもいい天気が続いている。
今日も朝からいい天気でガーデンセンターでの仕事で
動くたびに汗が噴出していた。

仕事が終わって私の車に向かうと
いつも私の隣に停めているジルの車のソフトトップが開くところだった。

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写真は水色だがジルの車は濃紺。
ジルが普通の眼鏡からサングラスに変えていた。
今日は最高だねと声をかけると「Yes」と言って
くわえタバコで颯爽と車をスタートさせた。
何年もジルの隣に駐車してきたけどソフトトップが開いたところを初めて見た。
それだけ今日は暑いということだ。
車の温度計を見たら31.5度だった。
あと2,3日で終わってしまうだろうけど夏だ。

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夏が来た

今月初め日本から帰ってきたときは寒くて震えていた。
今週は天気が良く、今日は夏が来たという感じ。
今まで使っていた扇風機がご臨終になったので
新しいのを買ってきてよかった。
まあこの暑さが続くのかは疑問だけど。

お隣の猫ピップは私がいない間夫が声をかけても
最初はそばまで来たけど私がいないとわかると
すぐに塀の上に戻って行ったそうだ。
先週ようやくピップに会えた。
夫がピップがいるよと言うので裏庭に行くと
それまで塀の上から夫を見ていたピップが
私を確認すると飛んできた。
忘れられてはいなかったようだ。
洗濯物を干すために出たのだがピップはずっと私のあとを追ってきた。
ずい分ニャンニャンおしゃべりしていたピップ。
どこに行ってたの?聞いていたのかな。
相変わらず可愛い。

結婚式

今回の里帰りを5月にした訳は従弟の結婚式に参列するためだった。
長く付き合っていた二人だが叔父叔母が相次いで病に倒れ
その後帰らぬ人となってしまい二人は結婚の機会を逃していた。
去年入籍し、花嫁さんのお母さまの具合が良くなるのを待って
今年ようやく式にこぎつけた。

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ここずっとお悔やみが多かったのでこんな喜ばしい機会は何時振りだろう。
久しぶりにお祝いの席で一緒になった仲の良い従姉と話していた。
結婚式は元地崎バラ園だった山の天辺に作られた教会式結婚式場だった。

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招待客は20人ほどのこじんまりとした式で
新郎新婦が祝って欲しい人だけに来てもらったようだ。
形式ばったところや長いスピーチもなく楽しい式だった。
二人が式場に入ってきた時もし叔父叔母が2人の姿を
見ることができたらどんなに良かったかと思いうと
目頭が熱くなってしまった。

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更に嬉しかったのは料理が美味しかったことだ。
食事会はフレンチレストランに場所を変えた。
どの料理も美味しくて隣に座った従姉と美味しいねと
口をそろえながら頂いた。

ここ数年従弟も私も色々とあったが
こんな日も来るのだと実感した。
良い式だった。

驚いたこと

イギリスに戻り翌日職場へ勤務表を調べに行った。
以前ボスだったデイブが私の顔を見ると
同僚のサムがレジ部門に移るよと教えてくれた。
サムとはお花屋さんが始まった頃からだから
5年くらい一緒に働いている。
去年の暮れに骨折して5ヶ月振りに仕事に復帰した。
でもなんとなく新しいボスのダニーと上手くいっていない感じがし
私が日本から帰った時にまだ同じ部署にいるか不確かな思いがあった。
だからレジに移ると聞いてそれほど驚きはしなかった。
買い物を終えて帰る途中サムがお花屋さんで花束を作っていた。
「サム」と声をかけた。
「レジに移るんだって?」と聞くとうんと答えた。
そうしたかったわけじゃないんだけどねと言ったので
やっぱりダニーと何かあったのだなと思った。
サムは子声で「あまり誰にも話していないんだけど妊娠したの。」
びっくりした。
誰かと付き合ってるとかプライベートなことを聞いていなかったので驚いた。
おめでとうと言うとありがとうと笑った。

昨日仕事で一緒になったナオミがサム妊娠してんだってねと話題を振ってきたので
誰かと付き合ってたのと聞くとナオミはサムは特に付き合っている人はいないよと言う。
更にナオミがサムにお父さんは誰かわかってるのと聞いたらうんと言っていたと教えてくれた。
サムのフェイスブックでは妊娠を公表していて友達からのお祝いの言葉が届いているそうだ。
シングルマザーになる事は珍しいことではない。
また付き合っているわけではないが子供ができることも良くある話で
生むことを選ぶ女性もかなり多い。
そういう成り行きで子供を生む決心をする。
日本人の私にはちょっとした驚きだ。

以前夫も知っている日本人の知り合いのお嬢さんがお子さんを生んだ。
その話を夫にしていたら夫がそのお嬢さんは結婚しているの?と訊いた。
私の感覚だとお子さんが生まれるのは結婚をしている人たちの話だと思うのだが
夫の周りや私の周りでは結婚をして子供がいるカップルは少ない。  
シングルで子供がいる人が多いので夫の質問もおかしくはない。

サムが1週間の休暇を終えて今日仕事場で会った。
スキャンはどうだったと聞くと大丈夫だったよ。
予定日はクリスマスあたりと嬉しそうに言っていた。
サムがハッピーならばそれでいいのだろうと思った。

温泉

今回の里帰りのメインイベントは母を温泉に連れて行くことだった。
昨年秋、母を訪ねたとき温泉も行ってみたいなとつぶやいた母。
来年帰ってきたら温泉に行こうと約束して日本を離れた。
日本へ帰る前に温泉の予約をした。
普通の大浴場は無理だろうから部屋に露天風呂のある宿を探した。
実現できるかわからないが最悪の場合はキャンセルも覚悟していた。
いきなり施設から温泉は強行だと思い日本に着いた1週目に
母を自宅へ連れ帰った。
母が家を離れてから2年半が経っていた。
段差のある玄関ではちょっと手間取ったが家に入ると大丈夫だった。
母は家の中のものを一つずつ確認するように見て回った。
施設に戻った母はそれほどの疲れも見せず私は温泉行きに自信を持った。

温泉行きの日、施設に母を訪ねると母は目をつぶったままぐったりした様子。
スタッフの方の話だと朝食の際咳き込んでしまい痰が絡まったとのこと。
母の様子を見てだめかもしれないと思った。
しかしスタッフの方が絶対母を温泉に行かせたいと思い
看護師に頼んで痰の吸入をしてもらったそうだ。
この方がもう少しで落ち着くと思うと言ってくださった。
30分ほど経ち、入浴介助に来てくれる友達が施設に着いた頃には
母はしっかり目を開け大丈夫そうに見えた。
そしてスタッフに見送られて施設を後にした。
行き先は支笏湖。札幌から車で1時間ほど。
途中道の駅に止まり母の好きなソフトクリームを食べた。
車中の母は興奮しているのか頭もしっかりしていて
普通の会話ができた。

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無謀な計画を立てた私とは違って友達は私が気がつきもしない準備をしてくれた。
母のためにシャワーチェアーを持ってきてくれた。
温泉は落ち着いた佇まいだった。
部屋の外に庭と庭に面した露天風呂。
露天風呂が屋外だと気付いた友達が温度差を危惧して
母を露天風呂に入れるのは無理かもしれないと言った。
すぐに大浴場を見に行き車椅子で湯船の近くまでいければ
大丈夫だろうと母を大浴場に連れて行った。
友達の持ってきたシャワーチェアーを使い
無事母を大浴場に入れることができた。
友達の助けがなければ実現しなかった。
友達は一緒に夕食を取った後帰っていった。
母は相当疲れたようでベッドに入るなり高いびきで寝だした。
私は部屋の露天風呂で母を見ながら入浴できた。
母には露天風呂には入ってもらえなかったがこれはこれでよかったと思った。

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翌朝母は私が起こすまでぐっすり寝ていた。
母はトイレが終わると突然「風呂に入る」と言い出した。
風呂って?と私が訊くと部屋の露天風呂を指差した。
どうしようと動揺を隠しながら車椅子で風呂のそばまで行けるか確認した。
大丈夫そうだった。
そこへ友達からメールが来た。
「おばさん大丈夫?」
まさかこれから露天風呂に入るところとは言えない。

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母を車椅子に乗せ風呂のすぐ横に横付けした。
さてここからどうしようと考えていたら
母がお風呂の角にあった柱を掴みひょいっと風呂に入ってしまった。
すぐあとに私も続き二人でお風呂に浸かった。
気持ちよかった。
母も大満足。
実は母はこの露天風呂を見たときから入りたいと思っていたそうだ。
ただ母も良く知っている友達が心配しているので
友達のいる前では言わないでおいたようだ。
心置きなく風呂に浸かって上がった。

その後私が実は露天風呂に入ったと送ったメッセージを見て
友達が電話をくれた。
友達は悲鳴を出さんばかりにびっくりしていた。
母を電話に出すとおばさん、お風呂に入ったの?と尋ねる友達に
入ったよと涼しい顔で答える母。
友達と母の底力はすごいという結論に達した。

母が認知症を発症して自宅を離れ施設や病院を経て2年半の時が流れていた。
認知症を発症した直後の私と母には絶望感しかなかった。
それが時を経て温泉に行けたことが夢のようだった。
母と温泉の話をする度に母の笑顔を見ることができた。
また行こうねと約束した。
友達や施設の方の助けを得て母の希望を実現できたのが
何より嬉しいことだった。

雪国はつらいよ

実家に戻って電気のブレーカーを入れ水道の元栓を開いた。
いきなり水が勢いよく出ている音がする。
びっくりしてすぐに元栓を閉めた。
どうやら昨年の水落しが上手くいっていなかったようで
水道管の何処かに亀裂が入ったようだった。
結局水の元栓を締め、使うときだけ開けることにした。
それでも水の流れる音がすごいので流し台の中のパネルを取ってみた。
するときれいに亀裂が入った水道管が見えた。

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インターネットで検索してみると補修テープと言うものがあるらしい。
すぐに買いに行き補修。

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上手くいったと思い元栓を開ける。
しかし蛇口が閉まっているのに水が流れるような音がする。
また元栓を閉めた。
夫に話すと元栓を開けたり閉めたりするたびに圧力がかかるから
元栓は開けたままのほうがいいと言う。
それじゃあと一晩開けたままにした。
翌朝室内に水が漏れている気配は無かった。
が、ゴミを出しに外へ出て家の周りを見渡すと
玄関の脇に水溜りができていた。
やはり水は壁の中か床下で漏れている。

実家に着いた夜に友達が電話をくれた。
水漏れの話をするとキャンプ用に使う10リッターの水タンクを持ってきてくれた。
それを見て実家にも水タンクがあるのを思い出した。
ずっと昔に亡くなった妹が買っていたのだ。
何でこんなの必要なのと訊いたが妹は何かで使うかもと思ったと言っていた。
結局その後使う事は無く実家に帰りタンクを見る度に
何でこんなもの買ったのかなと思っていた。
今回その答えが出た。
私のために買っておいてくれたのだ。

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今回は水道管の修理は諦めずっとこのタンクを使っていた。
風呂や食器洗いなど水が必要なときだけ元栓を開いた。

実はもっと大変なことが起こっていたのを翌日知った。
とってもお世話になっている裏のおじさんに挨拶に行ったとき
おじさんは留守でたまたまいらしたお孫さんにお土産を渡した。
そのすぐ後におじさんがやって来た。
そしてこの冬に起こったことを教えてくれた。
2月ごろに実家の屋根にたまっていた雪が一気に落ち
その雪の塊が裏のおじさん宅をめがけ壁を射抜く勢いで
止まったそうだ。
実家とおじさん宅の間におじさん手作りの塀があった。
その塀は倒されそのお陰でおじさん宅の壁まで行かなかったそうだ。
おじさんは今までこんな事は一度も無かったが
これから先のことを考えると怖いので雪止めだけでも
付けていってくれないかと言われた。
お世話になっているだけでなくご迷惑をかけていたことに驚いた。
必ず雪止めは付けますと約束した。

ありがたいことに友達がとてもいい塗装屋さんを紹介してくれた。
工事は私がイギリスに戻った3日後に終わったと連絡をもらった。

実家に誰も住まなくなって2回目の冬だった。
今回のことでやはり雪国で空き家のまま冬を越すのが大変だと実感した。

警備手薄のマンチェスター空港

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昨晩無事イギリスにたどり着いた。
テロがあったのでマンチェスター空港は
きっと厳重な警備だろうねと友達が言っていたが
私はたぶん普通通りだと思うと答えていた。
やはりその通りで警官一人にも遭わなかった。

今回は予期せぬ事態に見舞われたが
何とか予定していた母との温泉一泊や他のことも無事終え
あっという間の3週間だった。
何年かぶりに日本の桜も見ることができた。

明日からすぐに仕事なのでお休みの日まで
何とか頑張らなければ。

春の日本へ

七連日勤務を終えて何とか今日までこぎつけた。
今日はゆっくり一日荷作りができた。
ピップちゃんにも挨拶したし。
忘れ物は無いと思うけど・・・
また夫を置いて日本へ。
3週間ほど留守にします。
桜は残念ながら終わったようですが
北海道の春を楽しんできます。

15回目

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昨日は15回目の結婚記念日だった。
今年は珍しく夫がカードをくれた。
昨晩はお祝いでパブで夕食を取った。
私がもう15年だよと言うと
僕が君を殺したとして15年なら刑務所から出てこられる時期だと
私が予測していた通りの言葉が出た。
今回は私が犠牲者だったが。
10年目のときの犠牲者はこちら。
相変わらず意味不明。

ベッキー

もう15年近く昔の話になる。
イギリスに配偶者として戻ってきて一ヵ月後には職を得た。
写真現像からクリーニングの受付などのお店だった。
そこにいつもはスペインに住んでいるがお母さまを訪ねて
年に何回かイギリスに戻ってくるというお客様が来た。
名前はベッキー。
とても話があって彼女はイギリスにいる間に何回かお店を訪ねてくれた。
まだ友達と呼べる人もいなかったので嬉しい存在となった。
何ヶ月か経ったある日ベッキーがまたお店に来てくれた。
色々と話しているうちに私の経歴になり
ベッキーが私にはもっといい仕事があるはずだと言い出した。
市役所に行ってみない。会わせたい人がいると。
気が合う人ではあったが深くは知らない人である。
ちょっと躊躇してしまい、ちょっと考えさせてと答えた。
ベッキーは考えてみてと彼女の電話番号をくれた。

夫に言うと猛反対された。
自分はイギリス人だからイギリス人の事はよくわかる。
誰もただで人のために骨を折ってくれる人はいないと断言した。
どうしてもと言うなら止めないけれどと言われたが
反対を押し切ってまでベッキーを信じるほど彼女のことを知らない。
結局断りの電話を入れた。
ベッキーはわかったわと言ってその後も何度かお店に顔を出した。

そのうちにお店自体が閉店となり私も職を失ってしまったので
彼女とはその後会う機会もなくなってしまった。

それでもいまだに考えることがある。
人を紹介したいといってくれたのはただ純粋の好意だったのか、
それとも裏に何か隠されてたのか。
もし前者であれば申し訳ない気がする。

もうベッキーの真意を確かめることができないが
なんとなく釈然としないまま私の心に引っかかっている思い出。